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人間学・古典

第77回 「日本人の『道』」

令和時代の「社長の人間力の磨き方」

 我々日本人は、「道」という言葉が好きなようだ。生き方や思想を反映したのだろうが、想い付くままに挙げても相当な数に上る。


 茶道、華道、書道、芸道、武道、合気道、柔道、剣道、空手道、相撲道、政道、六道、任侠道、極道…。武芸、スポーツ、芸術、文化、宗教、政治、職業など、あらゆる分野に「道」の付く言葉がある。ご丁寧なことに、道に外れた行いのために「外道」という言葉もある。


 諺などでも「日暮れて道遠し」、「千里の道も一歩から」、「学問に王道なし」など、人生の姿やありようを示す言葉も多い。最近ではあまり聞くことがなくなったが、太陽のことを「天道」、「おてんとさま」などとも言う。我々の肉眼で見える一番立派な星であり、その恩恵は計り知れず、太陽の存在なくしては地球で生きられる生命はごく僅かだろう。まさに天の道を往く、輝ける星である。日本神話の「天照大神」は、すべてをあまねく照らす「太陽神」とされている。古代からの信仰は洋の東西を問わないようだ。


 他にも中国では「儒教」「仏教」と並び、「道教」が三大宗教とも言われている。「道教」は、宗教としては日本で起きた鎌倉仏教の「日蓮宗」や「浄土宗」のような派手さや知名度はない代わりに、土着宗教として我々の生活全般に深く染み入っている。年末に出る来年の暦や運勢、方位で吉凶を占う風水なども、道教から派生したものだ。

 

***

 

 思想的な「道」はつかみどころがないほどに幅が広く、深い。「道」を思想的な事柄にいつ、誰が置き換えたのかを知ることは難しく、不可能だろう。代わりに、古の人々の智慧は、「生きる」という生から死へ向かう一筋の人生を、物理的な「道」になぞらえた。その中で出会う様々な事柄にも、決め事や考えがあるという教訓を、「道」の言葉で表現したのではなかろうか。


 詩人の高村光太郎(1883~1956)は、代表作の詩『道程』の中で、

 どこかに通じている大道を僕は歩いているのじゃない
 僕の前に道はない
 僕の後ろに道は出来る
 道は僕のふみしだいて来た足あとだ
 だから 道の最端にいつでも僕は立っている  (後略)

と、人生を道に例えた。


 確かに、自分の人生は自分で切り拓くしかすべはなく、双六のように誰かが代わりに進めてくれるわけではない。加えて、仕事や生活に追われ、わき目も振らずに進んだ後を振り返ることは滅多にない。これは誰しもが思い当たるところだろうが、懸命に生きてきた半生を振り返れば、決して整頓されたものではなく、散らかしっぱなしのまま駆け出したようなもので、ひどい場合は「死屍累々」とも言われ兼ねない。

 

***

 

 徳川家康(1543~1616)には「人の一生は重荷を負て遠き道をゆくがごとし、いそぐべからず」に始まる有名な遺訓がある。幼少の頃から他家へ人質に出され、いつ命を取られても文句が言えない状況で耐え忍ぶことの大切さを学び、慎重に歩みを進めてきた家康ならではの言葉だ。華美を好まず質素倹約を旨とし、健康にも人一倍気を遣ったからこそ、この時代にしては珍しく古稀を過ぎるまで健康を保てたのだろう。せわしさのあまり、待てない人々が増えている昨今、家康の忍耐力には頭が下がる。尤も、これとて家康が生き延びるための「道」として選んだ結論の一つではなかろうか。

 

***

 

 少し柔らかく考えると、日本人が好む「道」の概念は、人生ないしは仕事や趣味、勉強など、自分が何かを習得し、その世界で生きようとするためのマニュアルでもありルールとも言えるのはないだろうか。


 面白いのは、同じ「茶道」の道を歩いていても、全員が同じ道を歩いているわけではないところだ。これは、剣道でも芸道でも同じで、目指す先は同じでも、流派や指導者により考え方が違い、そこへ辿り着くまでの方法論も違う。何十年もの気が遠くなるような歳月、手間暇を掛けて、ようやく一つの道を極めることができるかどうか。どの道も、それほどに厳しい。しかし、その結果は「極道」となる。今は悪い意味でしか使われないが、どんなことであれ、その道の奥義を知るのは容易ではなく、また、限られた人にしか与えられるものではない。


 昭和を代表する木版画家でもあり、今もなお人気の衰えない棟方志功(1903~1975)は、自らの絵を「板画(ばんが)」と名付け、その半生を記した著書は『板極道(ばんごくどう)』という。明治末期の青森県に生まれ、大正の終わり近くにゴッホを知り、いたく感動を受けた。「わだば(私は)ゴッホになる」との情熱を実現するために上京し、故郷で鋤鍬を握ることもせずに、ロクに三度の飯も食えぬと思われていた絵描きを本格的に目指した棟方の生き方は、郷里の人々には「極道」にも通じたのであろう。最終的には文化勲章を受賞し、世界的な版画家としての地位を築いてもなお、己の歩む道をひたすらに進み続けた。


 いろいろな事例を挙げてみたが、我々日本人の「道」の感覚は、これだというものを見付けて以降は、自らの手と足で、けもの道を切り拓きながら自分で進んでゆくしかないようだ。それが一本の道ではなく、時に幾つもに別れ、あるいは途中で断崖に阻まれもする。自分の道をどう歩むか、答えは自分で出すしかない。その折に助けになるのが、先人の知恵ではないか、と私は思う。

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