北沢社長は、2025年10月に最低賃金が引き上げられることに伴い、賛多弁護士に相談に来られました。
* * *
北沢社長:今年も2025年10月に最低賃金が引き上げられるようです。当社は、製造や荷分け作業等で多くのアルバイトを雇用しているため、最低賃金の引き上げによる影響が甚大です。できれば当社も従業員のために賃上げをしたいのですが、一律に賃金を引き上げるのは大きな負担となります。どうしたらいいでしょうか。
賛多弁護士:おっしゃるとおり、原材料費も高騰している中で最低賃金の引き上げは中小企業の経営をかなり圧迫するものですね。しかも政府は最低賃金について2029年までに全国の加重平均1500円を目標に掲げており、その場合、年平均7.3%上げていく必要があるとされています。したがって、最低賃金の引上げに対して一時的な対策ではなく、段階的な引き上げを見据えて長期的な目線での対応が必要となります。
北沢社長:今後も最低賃金が引き上げられるとなると当社は事業の継続が困難になる可能性があるため不安です。何か対策はありますでしょうか。
賛多弁護士:ご事情は大変よく理解できます。ただ最低賃金の引き上げは法律に基づく要請なので遵守することはやむを得ないところです。最低賃金が引き上げられることを前提に人件費をどう抑えるかが重要となります。例えば、アルバイトの労働時間や残業代を抑えるため、人材の配置の見直し、業務フローの見直しを行うのはいかがでしょうか。
北沢社長:現在もぎりぎりのシフト体制でやっているので、人材の配置の見直しには限界があります。
賛多弁護士:例えば、これまで人力で行っている工程や作業を機械化できないでしょうか。生産設備やIT機器を利用してオートメーション化を図ることで人件費を削減することができます。
北沢社長:たしかに現在人力で行っている工程があるので、生産設備を導入することで生産性の向上と人件費の削減が図れる可能性があります。しかし、生産設備やIT機器を導入する資金がないため当社では導入が難しい状況です。
賛多弁護士:そのような中小企業向けの生産性向上に向けた設備投資のための補助金や助成金がありますので利用を検討してみてはいかがでしょうか。たとえば業務改善助成金や中小企業省力化投資補助金などです。
北沢社長:よいことを教えていただきました。検討したいと思います。
賛多弁護士:加えて、人件費の引き上げ部分を製品価格に転嫁するよう価格の見直しも検討されてはいかがでしょうか。
北沢社長:はい、労務費の負担がこのまま増えれば原価割れとなるため本当は価格の見直しを行いたいのですが、取引先に価格の見直しを申し入れると受注を打ち切られるのではないかと心配でなかなか踏み切れません。
賛多弁護士:これに関して、公正取引委員会による「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」では、発注者は、受注者から労務費の上昇を理由とした価格転嫁を求められた場合には協議のテーブルにつくこと、労務費の転嫁を求められたことを理由として取引停止などの不利益な取り扱いをしないこと、及び、必要に応じて労務費上昇分の価格転嫁に係る考え方を提案するなどが要請されています。そのため、思い切って価格転嫁の協議の申し入れされてはいかがでしょうか。
北沢社長:少し安心しました。価格転嫁の協議を行ううえで留意点はありますか。
賛多弁護士:労務費の上昇分の価格転嫁についての協議方法に関して、まずは国や地方公共団体の相談窓口や商工会議所などの支援機関に相談して情報を収集することから始めるのがよいと思います。そして、実際に協議に臨むにあたっては、最低賃金の上昇率、消費者物価指数などの労務費の上昇傾向を示す公表資料を根拠として提示することが重要です。また協議申し入れのタイミングも、発注者の予算策定時期、契約の更新時期などタイミングを見て協議を申入れるのがよいと思います。
北沢社長:ありがとうございました。早速動いてみます。
* * *
2025年10月に最低賃金が引き上げられ、その引き上げ幅は過去最大となる見込みです。また政府は最低賃金について2029年までに全国の加重平均1500円を目標に掲げており、これを実現するには来年以降も今年以上の引上げ幅になることが想定されます。原材料の高騰が続いている中小企業の経営環境において労務費の継続的な負担増加はまさに中小企業の死活問題といえます。
これに対して、政府も人件費の負担増加に対して、最低賃金・賃金引上げに向けた中小企業・小規模事業者への支援施策を講じております。
例えば、賃金の引き上げによる支援として、生産性向上に資する設備投資に対する費用の一部を助成する業務改善助成金や非正規労働者の処遇改善のためのキャリアアップ助成金、また賃金の引き上げによる増加額の一部を法人税額から控除する賃上げ促進税制などがあります。また、生産性向上に関する支援として、ものづくり補助金、中小企業省力化投資補助金、小規模事業者持続化補助金、IT導入補助金などの各種補助金があります。これらの制度を活用することで労務費の負担を軽減することができます。
さらに下請取引の改善等のための支援として、中小企業庁による「下請適正取引等の推進のためのガイドライン」や、公正取引委員会による「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」が制定されており、中小企業が取引先に労務費の上昇分の価格転嫁のための協議を申入れる際に参考となります。
参考:厚生労働省「最低賃金・賃金引上げに向けた中小企業・小規模事業者への支援施策」
https://www.mhlw.go.jp/content/001512672.pdf
執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 北口 建


















