和菓子屋とAI時代の産業
京都のある老舗の和菓子屋では、「うちには新商品はいらん。代々受け継いできた店の味と技を忠実に受け継ぎ磨き上げていけばいい」というのが家訓なのだそうだ。時代に合わせた新しい味を生み出すより、職人は顧客に支持されている伝統の味を守り、主人は長年ひいきの客との関係を絶やさず、そろばん勘定に徹していればいいということだ。
たしかに顧客の求めるものが固定している場合はそれでいい。下手にブームに乗って新しい味を追求すると、客が離れてしまうという教えだろう。だが、日進月歩の技術革新が進むAI(人工知能)時代の産業においては、そうはいかない。技術面で流動性の高い分野の経営においては、経営者も技術者も日々、顧客から突きつけられるニーズに合わせて技術革新を図り、開発された新技術が将来の市場のニーズにどんな影響を与えるのかを常に念頭に置いて開発投資を判断する必要がある。
AI時代のニーズに乗ってNAND型フラッシュメモリー技術で飛ぶ鳥を落とす勢いのキオクシア HDもさらに消費電力の低減化と高速処理のニーズに向けた新半導体メモリーの開発競争に乗り出している。
トヨタと日産の命運を分けたもの
戦後、日本の自動車業界を牽引してきたトヨタと日産だが、現状では世界市場での販売台数に大きな差がついて、日産は長い経営再建が続いている。「販売のトヨタ」「技術の日産」と呼ばれてきた。外部から見ると確かにそういうイメージはあった。だが、実際に両社の勢いの分岐点となったのは、顧客のニーズを商品に反映するスピードの差だった。
海外進出といっても、各国、各地域において、道路事情、セダンか多目的車かの顧客の好みにも差がある。トヨタは各国の販売網を通じて、顧客がどういう車を求めているかを綿密に調査、分析し、各地域に合った車の企画開発を細分化して対応した。消費者のニーズに的確に対応する戦略を駆使してきた。
たとえば、米国なら時速100km前後の高速で長距離を移動する機会が圧倒的に多い。同じハイブリッド車を投入するにしても、そうした米国の走行特性に合わせて、走りはじめから加速場面では高出力のモーターを使うが、高速域では、ガソリンエンジンに切り替えて走る、その理想的な切り替えタイミングに理想的な設計を技術陣に打ち返して開発させる。米国での高速クルージング時の燃費を最小化するエンジン開発も促す。ガソリン価格の高い米国の消費者は燃費に敏感だから、その要求に応える。地域ごとに、顧客ニーズ、走行特性のデータを吸い上げて、製品開発に生かしてきた。それが世界市場での消費者の支持につながっている。
技術の日産も、もちろん、高出力モーター、低燃費エンジンの技術力は高い。しかし、販売現場からの顧客ニーズの吸い上げと、車種開発技術陣への打ち返しというシステムの運用で遅れをとった。
カルロス・ゴーンが振るったリストラの大ナタでいったんは経営を持ち直したが、肝心の組織連携のシステムもズタズタに引き裂かれていた。リストラで経営数値を改善するのは簡単だが、そこから先の展望、つまり富を生み出す組織づくりの方が大変なのだ。
企画開発と経営の連携
技術力の高さだけで人はモノを選ばない。人は求めているモノを選ぶ。顧客、市場のニーズを的確に把握し、売れる商品を開発する。教科書に書いてある当たり前の商品開発原則なのだが、社内の意思疎通と組織が整っていないと簡単ではない。
その成功例は自動車業界でのトヨタだけではない。連日猛暑が続く中でエアコンの需要が伸びている。家電量販店では、ダイキン工業製の家庭用エアコンが売れ筋となっている。手頃な価格と省エネ性能、「うるるとさらら」と名付けた冷暖房それぞれの湿度調整機能が人気なのだという。ダイキン工業は、事業所向けの空調機メーカーとして出発し世界一のシェアを占めるが、家庭用エアコンでも、2020年には居並ぶ大手家電メーカーを抑えてシェアトップに躍り出た。事業所用を含めて売上高は2000年以降、9倍に伸びている。
成功の秘訣は、事業所向けの営業で培った顧客(代理店)めぐりだった。大手ライバル社と渡り合うために、「どういう商品改善を求めるか」「何が不満か」を聞いて回り、社内に持ち帰って検討し、商品開発に直ちに反映させてきた。その伝統が家庭用製品でも生きている。顧客めぐりには営業担当とともに技術者も同行するから、ニーズの把握と商品開発への反映に無駄がない。
技術畑と営業畑という、ありがちな対立もない。風通しの良さが、消費者のニーズに応えている。経営判断も早い。躍進の秘訣はそこにあった。
(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
※参考資料
『日産 最後のサバイバルプラン』近岡裕著 日経BP社


















