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逆転の発想(47) 絶望という名の不運から希望ある将来へと導く強さを学ぶ(ウインストン・チャーチル)

指導者たる者かくあるべし

 敗北を拒否する小心者
 この原稿執筆時点(11月18日)で、米国現職大統領のトランプは大統領選挙での敗北を認めないでいる。僅差ならいざ知らず、米マスコミの報道では、獲得した選挙人の数は、トランプ氏232人、民主党のバイデン候補306人で勝負あった、である。
 
 選挙とは政治家にとって勝つか負けるかの戦争である。まさに政治生命がかかっている。戦争においての敗北は指導者が全責任をとる。敗因を正確に分析してこそ、次の戦いの糧となる。概して、成功に成功を重ねたものほど一つの敗北も受け入れがたいものだ。言い換えれば、敗北に怯えるただの小心者と言っていいだろう。
 
 戦争に勝って選挙に負けた男の名言
 ナチスドイツとの戦いを勝利に導いた英国の名宰相チャーチルは数々の名言を遺しているが、その一つにある。
 
〈絶望という名の不運から、希望ある将来へと導く強さを学ぼう〉
 
 長い政治経歴において成功と絶望を繰り返した男ならではの言葉である。こうも言う。
 
 〈成功とは意欲と情熱とをもって失敗に失敗を重ねて進むことである〉
 
 失敗、不運から逃げずに、それに学ぶ重要性を説く。あまり知られていないが、この強い男にも屈辱とも言える選挙敗北のこんな経験がある。
 
 戦時首相として祖国を率いたチャーチルは、1945年7月17日、ドイツの首都ベルリン郊外のポツダムの古城にいた。対ドイツ戦争は5月に勝利した。ポツダムに当時の連合国の中の三大国の首脳が集まった。チャーチルのほか、米国大統領トルーマン、ソ連書記長おスターリンである。課題はヨーロッパの戦後処理と、残された枢軸国である日本に対する無条件降伏の通告問題である。
 
 戦後のヨーロッパでの影響力拡大を狙うスターリンとチャーチルは、英露両国の影響圏の線引きをめぐって激しく対立する。チャーチルは大戦後の世界でソ連が大きな脅威となることを見抜いてソ連押さえ込みに腐心していた。
 
 一方、本国では対独戦勝利を受けて、10年間凍結されていた下院の総選挙が実施されていた。チャーチルは、戦争勝利を受けて総選挙でも自ら率いる与党・保守党の勝利を疑わなかった。世論調査の数字は芳しくなかったが、党本部から逐一入る情勢報告も保守党の逆転勝利を予告していた。
 
 そこに意外な選挙結果が届く。「保守党213議席対野党労働党393議席」。野党の地滑り的圧勝だった。
 
 復活を期す潔さ
 チャーチルは残りの会議を、同行していた次期首相となるべき労働党指導者のアトリーに託して帰国する。日本の軍部は無条件降伏案を拒否した。「第二次世界大戦を戦い抜き勝利した首相」の名誉はその手からこぼれ落ちた。
 
 妻のクレメンタインは、「一皮下には、かえって良いことが隠されているのかもしれない」と慰め、再起を促したが、彼は「今のところは、その一皮がひどく厚い」とうめくように答えた。再起の気力が失われたかのように。
 
 チャーチルは国王ジョージ6世に拝謁し辞表を提出する。国王は、イングランドの最高名誉であるガーター勲章の授与を示したが、彼は、「選挙に敗れた首相が、どうして陛下からガーター勲章を頂けますでしょうか」と固辞した。
 
 さてここからである。チャーチルは妻とともにしばらく別荘にこもったが、やがて政治活動を再開する。選挙による国民の厳しい審判には思い当たることがあった。
 
 苦しい戦時生活を強いられた国民が、労働党が訴える社会保障制度の充実、民生優先政策に惹かれたのは否めない。しかしそれだけではなかった。開戦にあたり、ヒットラーのナチスドイツとスターリンのソ連の対決で両独裁者共倒れを望む世論に抗して、自らがヒットラーを主敵と断じて再軍備を急ぎ、スターリンと手を結ぶ選択をしたことが、国民の親ソ連感情を刺激し、社会主義容認の雰囲気を助長したことへの反省だった。
 
 ここに思い当たった彼は、下院演説を通じて激しくソ連を糾弾し、労働党が急進的に進める福祉国家政策を批判する。
 
 やがて世界は東西冷戦の様相を強め、労働党のポピュリズム的な福祉政策は国家経済を疲弊させる。そして国民は〈強い首相〉の再登場を熱望し、保守党は1951年10月の総選挙に27議席差で勝利し、チャーチルは首相に返り咲くことになる。
 
 チャーチルは、厳しい選挙結果を受け入れることで「絶望から希望ある将来へと導く強さ」を身をもって示したのである。
 
 1945年7月26日、彼が下野した日に悔しさをこらえ国民に発したメッセージがある。
 
 〈英国国民の決定は、今日の投票結果によって示されました。国内外における膨大な責任が新政府にかかっています。そして新政府がそのような責任に耐え抜かれることを、われわれすべてが希望しなければなりません。危機の数年間の在任中に与えてくれた国民の不撓不屈の支持と数々の好意に対し深く感謝の念を表明します〉
 
 さてトランプ。この潔さがなければ、復活の道はない。
 
(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
 
 
※参考文献
『第二次世界大戦 4』W・Sチャーチル 著 佐藤亮一訳 河出文庫
『チャーチル』河合秀和著 中公新書
『チャーチル 不屈のリーダーシップ』ポール・ジョンソン著 山岡洋一、高遠裕子訳 日経BP社

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