2025年11月高市首相の「台湾有事は存立危機事態になり得る」という国会答弁をきっかけに、日中関係は急速に悪化している。日中関係の悪化は日本経済にどんな影響を与えたか。本稿はモノ、カネ、ヒトの流れの角度から日本経済への影響を検証する。
●政経乖離 対中輸出は政治の影響を受けずに拡大
まずモノの流れ、即ち輸出入の実績から検証する。
今年5月、北京滞在中の筆者は中国商務省の専門家を訪ね、日中貿易の現状について意見を聞いた。この専門家は「政経乖離」の表現で日中関係の現状を語った。彼によれば、「両国の政治関係は高市首相の発言をきっかけに急速に悪化しているが、輸出入はあまり影響を受けずに拡大している。つまり政治と経済は乖離していることだ」。
中国の貿易統計もこの専門家の見方を裏付けている。税関の発表によれば、今年1~5月日本向けの輸出入合計が前年同期比で17.2%増、うち輸出7.1%増、輸入27.8%増となっている。日本からの輸入伸び率は中国輸入全体の伸び率(24.5%)を3ポイント強上回っている(表1を参照)。日本への輸出も日本からの輸入も日中間の政治的緊張に左右されずに増加を続けている実態が明らかなっている。

日本側の貿易統計も同様の傾向を示している。財務省の発表によれば、今年1~5月に中国向けの輸出は、春節など季節的な要因がある2月を除き、ほかの4ヵ月はいずれも2桁増となっている。うち、1月32%、3月17.7%、4月15.5%、5月17.9%とそれぞれ増加している。なお、中国からの輸入は毎月増加する様相を示している(表2を参照)。

モノの流れから見れば、日中関係の悪化にもかかわらず、中国向けの輸出も輸入も影響を受けずに拡大している。
●日本企業の対中投資意欲が依然と旺盛
次にカネの流れを検証する。
日本貿易振興機構(ジェトロ)の統計によれば、2025年中国からの直接投資が6.5億ドルで前年比▼52.5%、日本から中国への直接投資が16.5億ドルで前年比▼29.1%、いずれも大幅に減少している。ただし、中国からの直接投資が日本の対内投資全体に占める割合が小さいため、日本経済への直接的な影響は軽微だ。
2026年の対中投資について、中国日本商会が6月17日に発刊した「中国経済と日本企業2025年白書」によれば、「増加・維持」と回答した会員企業が59%に達し、事業展開で「拡大」および「現状維持」を合わせて約85%の企業が中国市場へのコミットメントを堅持しているという。
それではなぜ日中関係の悪化にもかかわらず、大多数の日系企業は中国市場での挑戦を続ける選択をしているか?一つの重要な原因は市場の収益性だ。
日本企業は約7万の海外拠点を持つが、そのうち3万が中国に集中している。日本銀行が発表した「令和7年中対外・対内直接投資収益」によれば、2025年日本の対外直接投資収益合計は31兆9,193億円、うち対中国が2兆4,016億円で、全体の7.5%を占める。国別ではアメリカ(9兆1,683億円)とオランダ(2兆8,959億円)に次ぐ世界3位だ。日本企業はこの巨大市場の収益性を無視する訳には行かない。
さらに中国は単なる市場にとどまらず、「製造、イノベーションや人材獲得、そして競争力を鍛える場として、その重要性は増す一方だ」(本間哲郎・中国日本商会会長)。
一方、日中間の政治的な緊張による影響を懸念する声も高まっている。筆者が北京滞在中、流通分野の現地日系企業幹部と面会した。彼によれば、日中関係の悪化が受注・調達・投資判断など企業活動に影響を与えているという。「中国日本商会白書」も2026年の重点分野として「安定した日中関係に向けた環境作り」を掲げ、国際情勢に左右されない安定した対話環境の整備を訴えた。
●激減した人的交流
日中関係の悪化によって、最も影響を受けるのはヒトの流れ、即ち人的交流だ。その最大の分野は観光である。
訪日中国人観光客数の変化を見よう。日本政府観光局によれば、2025年1~10月訪日中国人観光客数は820万人にのぼり、諸外国・地域の中で断トツ1位、訪日外国人総数(3,554万人)の23.1%を占める。前年同期比の伸び率も驚異的な40.7%に達し、主要国・地域の中で最も高いものだった。
ところが、同年11月高市首相の台湾有事に関する発言以降、状況は急転直下で中国人観光客が激減に転じた。25年12月▼45.3%、26年1月▼60.7%、2月▼45.2%、3月▼55.9%、4月▼56.8%、5月▼60.4%、6カ月連続で急減を続けている。今年1~5月訪日中国人観光客累計は▼56.2%の171万人となり、昨年同期に比べれば221万人も減少した。
国別で見れば、確かに中国人観光客の激減の影響が甚大だ。しかし、同時期に韓国(20.6%増)や台湾(22.3%増)などほかの国・地域からの観光客数が大幅に増加したため、1~5月訪日外国人観光客数は前年同期に比べ▼1.1%と微減にとどまっている。
以上述べたように、モノ、カネ、ヒトの流れを総合的に検証した結果、日中関係の悪化によるマイナス影響が否定されないが、現時点で日本経済への影響限定的なものに止まっている。
政府が発表したGDP成長率データもこの結論を裏付けている。内閣府の発表によれば、2025年10~12月期日本の実質GDP成長率は、前期比0.3%増(年率換算1.3%増)、26年1~3月期も前期比0.5%増(年率換算1.8%増)となり、2期連続でプラス成長を保っている。
当面、日中間の政治的な緊張が緩和されることが困難と見られ、中国商務省の専門家が指摘した「政経乖離」が暫く続くと、筆者が思う。(了)















