「街の再生とは、昔の繁栄を取り戻すことではない。次の繁栄を第二創業することだ」
カナダのバンクーバーに来て、ランチを食べようとチャイナタウンを訪ねてみたが、正直、びっくりした。
臥龍がイメージしていた「チャイナタウン」とは、中華料理店や中国系商店が軒を連ね、大勢の観光客で賑わっているという光景だった。
ところが実際には、中華料理店や商店は想像以上に少なく、薬物依存とみられる人々や路上生活者が異様に目立った。
知り合いには、「立ち寄ってはいけない場所」と伝えたいほどだった。
世界のチャイナタウンと比べ、「一体、この街に何が起きたのだろう?」と興味を持って調べてみると、これは単なる「チャイナタウンの衰退」という話ではなかった。
まず分かったことは、「バンクーバーから中国系住民がいなくなったから、チャイナタウンが衰退した」わけではないということだった。
中国系コミュニティの大きな集積地は、別の場所、代表的には、バンクーバー南部に隣接するRichmond(リッチモンド)に移っていた。
Richmondの人口約20万8千人のうち、Chinese系の方が約9万9780人、約48%に達する。
背景には、1980年代後半から1990年代、とりわけ1997年の香港返還を前にした香港系移民などの流入があった。
新しい移民たちは、「昔から中国人が住んでいるChinatownへ行こう」とは考えなかった。
彼らが求めたのは、古い中華街ではなく、自動車で行けて、住宅があり、駐車場があり、大型商業施設があり、学校があり、日常生活が完結する新しい街だった。
その条件に、Richmondがぴったり合った。
さらに言えば、Richmondはバンクーバー国際空港に近く、アジアとの往来にも便利だ。
結果として、住民が集まる。
→ 中国系スーパーができる。
→ 中国系飲食店ができる。
→ 中国語サービスが増える。
→ 中国系企業が進出する。
→ さらに中国系住民が住みたくなるという「正の循環」が生まれた。
ここが旧Chinatownとの決定的な差となった。
「RichmondはChinatownの二号店ではない。顧客の変化に合わせてゼロから作られた、新業態である」(臥龍)
つまり「中華街の第二創業」だ。
日本でも、地方の商店街を訪ねると、よくこんな話を聞く。
「昔は、この通りを歩けないほど人がいました」
「昔は、週末になると家族連れでいっぱいでした」
しかし、ここに大きな落とし穴がある。
昔の賑わいを取り戻すことを、街づくりの目的にしてはいけない。
「昔の商店街を復活させよう」と考えること自体に無理がある。
これは企業が、「30年前のヒット商品をもう一度売れば会社が復活する」と言っているようなものだ。
第二創業とは、今、会社を興すとすれば、何が理想かを0→1で考えるところから始まる。
同様に、「もし、この街を2026年にゼロから創業するとしたら、誰の、どんな問題を解決する街をつくるか?あるいは理想を形にするのか?」という問いを立てることだ。
今ある「空き店舗をどう埋めるか?」から考えるのではなく、「誰にどういう価値を提供する街を生み出すのか?」から考えることだ。
「不易流行とは、過去から何を残し、未来に向けて何を変えるのかを考えること」(臥龍)
旧チャイナタウンには、Richmondにはない長い歴史、建築、物語、先人たちの足跡、文化がある。
であれば、Richmondと同じ土俵で戦う必要はない。
Richmondが「現代中国系住民の日常生活を支える街」なら、旧チャイナタウンは、「中国系カナダ人の歴史・文化・食・物語を体験する街」という不易の価値を磨けばいい。
既存事業を全て捨てるのではなく、「強みを再定義」をすることから、地方創生ではなく「地方第二創業」が始まると考える。
「街も企業も、顧客が変わったのに業態が変わらなければ衰退する」(臥龍)
「街の再生とは、昔の繁栄を取り戻すことではない。次の繁栄を創ることだ」(臥龍)
企業に第二創業が必要なように、街にも第二創業が必要なのだ。
このことを、バンクーバーの二つのチャイナタウンから学んだ。
バンクーバーより愛を込めて。臥龍






















