1位づくり戦略コンサルタントの佐藤元相です。
「会社を継ぐ」と聞くと、何を思い浮かべるでしょうか。
先代の商品を守る。
昔からのお客さまを守る。
今までの仕事を守る。
もちろん、それも大切です。
しかし、時代が変わり、市場そのものが縮小しているのに、今までと同じ商売を続けることが、本当に事業承継なのでしょうか。
株式会社城南村田ホールディングスの代表取締役社長、青沼隆宏さんの取り組みから、事業承継のあり方についてご紹介します。
青沼さんに、この約25年間の経営の歩みを伺っていくと、私は一つの言葉にたどり着きました。
守るものは信用。変えるものは事業。
青沼さんは、家業だった紙問屋を引き継ぎました。
しかし、紙問屋を守り続ける道は選びませんでした。
会社を再建し、ランチェスター戦略を学び、製造業へ進出し、M&Aを重ね、今では北海道にまで事業を広げています。


何を守り、何を変えるのか。
事業承継を迎える中小企業の社長に、ぜひ考えていただきたい事例です。
31歳。アメリカから戻ると、会社は危機にあった
城南村田ホールディングスのルーツは、1949年に青沼さんの祖父が東京都品川区で創業した「城南洋紙店」です。
青沼さんは3代目の社長です。
大学卒業後は会計事務所に勤務し、アメリカで仕事をしていました。
本当は、あと5年ほどアメリカにいたかったそうです。
ところが30歳の2000年10月、お母さまから連絡が入ります。
「会社がまずいことになっている」
送られてきた試算表を見ると、確かに状況は厳しい。
青沼さんは帰国を決断、2001年3月に城南洋紙店に入社します。
2002年1月、さらに大きな問題が起きました。
主要取引先が倒産し、不渡りによって8000万円の債権焦げ付きが発生したのです。
試算すると、1か月後には資金が約1億円不足する。
金融機関からの信用も落ちていました。
青沼さんは当時のことを、
「僕は何も持っていませんでしたから。ゼロ以下にはなりようがない。それなら経験した分だけプラスじゃないかと思ったんです」
と振り返ります。
当時、31歳です。
現在の私なら、後継者を持つ親の立場からも考えてしまいます。
若い後継者が、これだけの状況を前にして会社を背負う。
相当な決断だったと思います。
引き継いだのは、借金だけではなかった
青沼さんは当時を振り返り、
「引き継いだものは、負債くらいですよ」
と笑います。
しかし、そのあと、
「でも、信用は引き継ぎました」
と話してくれました。
私は、ここに事業承継の本質の一つがあると思いました。
会社には、決算書に載っていない財産があります。
長年取引してきた仕入先。
お客さまとの関係。
社員との関係。
地域で積み上げてきた評判。
つまり、信用という資産です。
しかし、その信用だけで会社が再建できるわけではありません。青沼さんは数字に基づく2年間の再建計画を示し、経営体制を見直しました。
そして主要仕入先へ出向きます。
今すぐ正常な条件で支払うことは難しい。
しかし、2年間商品の仕入れを継続させてもらい、支払いの一時停止や繰り延べを認めてもらえれば、再建する。
だから仕入れを続けさせてほしい。
お願いだけではありません。
何を改善するのか。
いつまでに行うのか。
どのように黒字化するのか。
数字と根拠を示しました。
仕入先は、青沼さんが社長に就任することを条件としてその再建計画を受け入れてくれました。そして、2002年6月に青沼さんは代表取締役に就任しました。
その背景には、青沼さんの説明力だけでなく、先代までが積み上げてきた信用もありました。
先代と同じ商品を売り続けることだけが、先代を受け継ぐことではありません。
先代が何十年もかけて築いた信用を受け継ぎ、次の時代へ生かす。
これも立派な事業承継なのです。
毎月の報告が「経営の学校」になった
再建計画を出した以上、結果を報告しなければなりません。
青沼さんは毎月、計画と実績を比較する予実管理を行い、仕入先などへ報告しました。
受け継いだ信用に、自らの行動による信用を重ねていきました。
「今思えば、あれが僕の経営の勉強のスタートでした」
会計事務所出身ですから、数字は分かります。
コストも管理できます。
しかし、
数字が分かることと、会社を経営することは違います。
計画する。
実行する。
数字を見る。
原因を考える。
次の手を打つ。
これを毎月繰り返しました。
そして約2年間で会社を再建しました。
危機を脱すると、別の問題も見えてきます。
崖っぷちにいる時は、社員が一つになります。
しかし、会社が安定すると、それぞれが違う方向を向き始めました。
青沼さんは、
「これは経営そのものを勉強しないといけない」
と考え、経営者の本を読み、経営者の集まりに参加し、学び始めます。
その中で出会った一つが、ランチェスター戦略でした。
「コストは分かる。でも売上のつくり方が分からない」
当時の課題について聞くと、非常に明確な答えが返ってきました。
「会計をやってきたのでコスト管理はできるんです。でも、どうすれば売上が上がるのかが分からなかった」
これは多くの中小企業に共通する悩みではないでしょうか。
当時の主力事業は紙の卸です。
同じメーカーの商品を扱えば、違いをつくりにくい。
そうすると最後は、
「いくらにしてくれるの?」
という価格の話になりやすい。
しかし、価格を下げ続ければ利益は残りません。
青沼さんは、
「価格を下げなくても売れる方法があるはずだ」
と考えていました。
そこでランチェスター戦略を学びました。
私の講座にも社員さんと一緒に参加していただきました。
業績は、お客さまとの面談回数に比例する
ランチェスター戦略で、弱者がとるべき営業戦略の一つに接近戦があります。
お客さまとの距離を縮める。
接点を増やす。
顔を合わせる。
話を聞く。
困りごとを知る。
関係を深める。
私は、
「業績は、お客さまとの面談回数に比例する」
と伝えています。
ただし、すべてのお客さまに同じ回数訪問するわけではありません。
青沼さんが最初に取り組んだことの一つが、お客さまのランク分けでした。
売上だけではなく、利益額を基準にお客さまを分けます。
重要なお客さまほど面談回数を増やす。
そして、ランクによって面談の質も変えます。
通信を送る。
季節の挨拶を工夫する。
特に重要なお客さまには、大切な日に花束を持っていく。
花束を届けると、社長だけではなく、事務を担当する方々にも喜んでもらえたそうです。
「あの会社、いつも気にかけてくれるね」
そうやって、お客さまの記憶に残っていきます。
営業を営業マン個人の感覚に任せるのではありません。
誰に、どれだけの時間を使うのかを決める。
そして、重要なお客さまとの距離を縮める。
これが接近戦です。
客層、商品、営業地域を絞り、1位をつくる
もう一つ大切なのが、利益性を構造的に高めることです。
中小企業は経営資源が限られています。
何でも売る。
どこへでも行く。
誰にでも売る。
これでは経営資源が分散します。
そこで、
客層を絞る。
商品を絞る。
営業地域を絞る。
その限定した市場で、競合他社よりも多くのお客さまをつくり、市場占有率1位を目指します。
全国1位である必要はありません。
小さな市場でいい。
「あの商品なら、あの会社」
「この地域なら、あの会社」
と言われる状態をつくる。
小さな会社だからこそ、狭い範囲へ経営資源を集中するのです。
実は、先代も「絞り込み」をしていた
ランチェスター戦略を学んだ後、青沼さんが改めて自社を見ると、先代の時代からかなり絞り込まれていたことに気づきました。
営業地域は東京の城南地区。
会社名も「城南洋紙店」。
さらに当時の電話番号には、紙業界の人なら一度聞けば覚えられる、紙の寸法にちなんだ数字が使われていました。
扱う商品も、大手メーカーの主力商品ばかりを追いかけるのではなく、中堅メーカーの商品を重点的に扱っていました。
地域を絞る。
商品を絞る。
覚えてもらう工夫をする。
先代は「ランチェスター」という言葉を使っていなくても、結果として弱者の戦略につながる取り組みをしていたのです。
再建によって当面の危機は乗り越えました。しかし、既存の事業で長期的に雇用を維持できるかという問題は、別に残っていました。
ここは非常に重要です。
どれほど営業活動を改善しても、市場そのものが縮小し続けていけば限界があります。
当時、紙の大きな需要先だった印刷業界は縮小していました。
青沼さんは考えました。
「このまま紙屋を続けて、本当に社員を食べさせていけるのか」
戦略を考える上で、大切な問いです。
戦い方を変えるだけでは足りない時があります。
戦う場所そのものを変えなければならない時があるのです。
紙問屋であり続けることをやめた
青沼さんは、新規事業を始めようとしました。
しかし社員には、
「自分たちは紙屋だ」
という意識があります。
長年続けてきた仕事ほど、そこから離れることは難しいものです。
そこで使ったのがM&Aでした。
2005年、金型メーカーの株式会社トーマックをM&A。
ここから、ものづくり企業への転換が本格的に始まります。
2017年には紙卸売事業そのものを譲渡しました。
さらに2021年には札幌市の有限会社スズキ工業所、2022年には埼玉県川口市の有限会社大樹、北海道石狩市の株式会社ワイエム・スチールをM&Aしています。

紙問屋だった会社が、金属加工、溶接、プレス、精密抜型、真空成形などを手掛けるものづくりグループへ変わっていったのです。

ここで大切なのは、
青沼さんは会社を大きくするためだけにM&Aをしているのではない
ということです。
強みを組み合わせ、続けられる経営基盤をつくる
青沼さんのM&Aに対する考え方を聞いて、感じたことがあります。
強いものを、より強くする。
M&A市場に出てくる中小企業には、後継者問題を抱えた会社が少なくありません。
社員も高齢化している。
事業全体を見ると、利益を出している商品もあれば、利益が残りにくい商品もあります。
そこで青沼さんは、強い商品を見つけます。
そして、
強いものと強いものを組み合わせます。
もちろん、弱点を放置するわけではありません。
会計、原価管理、人材育成、設備の維持など、事業を続けるための基盤は整える。そのうえで、各社が持つ技術や顧客との関係を組み合わせ、単独では難しかった仕事を引き受けられるようにしていきます。
例えば、ある会社が持つ鉄道関連の技術。
別の会社が持つ防雪柵・雪崩予防柵の製作で培った溶接技術。
それぞれの会社の中に埋もれている「強い仕事や技術」を組み合わせる。
人員や機械を融通する。
すると、単独では次世代へ残すことが難しかった会社でも、新しい事業体として生き残る可能性が生まれます。
青沼さんは言いました。
「一つ一つの中小企業は、そのままでは残れないかもしれない。でも、良い商材が集まれば良い会社になるかもしれない」そして、「次の世代に、ちゃんとした会社を残したいんです」と続けました。
M&Aは目的ではありません。
次世代に残せる会社をつくるための手段なのです。
M&Aの直後、一番大切なのは「信頼の引き継ぎ」
では、会社を引き継いだ後、何に一番時間を使うのでしょうか。
青沼さんの答えは、
「信頼の引き継ぎです」
でした。
社員からすれば、ある日突然、社長が変わります。
「自分の仕事はどうなるんだろう」
「会社はどう変わるんだろう」
当然、不安になります。
お客さまも同じです。
仕入先も同じです。
だから最初は、その不安を安心へ変えることに時間を使う。
31歳で青沼さん自身が会社を継いだ時、助けられたのも信用でした。
そして今、自分が会社を引き継ぐ側になっても、最初に守るものは信用なのです。

北海道で目指す「補給線の会社」
現在、青沼さんが力を入れている地域の一つが北海道です。
北海道では、グループ会社の株式会社YMスチールスズキが、札幌・石狩・稚内の3拠点で金属加工を担っています。鉄道関連部品・防雪柵や漁具など、地域のインフラと一次産業を支える仕事に取り組んでいます。
青沼さん自身、以前から北海道が好きで、いつか北海道で暮らしたいという思いもあったそうです。しかし、事業として北海道で何を目指すのかは明確です。
「北海道の補給線になる」ということです。
例えば漁業です。
前線にいるのは漁師さんです。
しかし、漁具や設備が壊れた時に修理する人がいなければ、漁には出られません。
夜中でも、早朝でも、必要な時に対応する人が必要です。
JR北海道に関係する仕事もあります。
冬の北海道で鉄道を動かし続けるためには、それを支える設備と技術が必要です。
青沼さんは、こうした仕事を「補給線」と表現します。
前線だけが強くても、補給線が切れれば戦えません。
ところが、補給を担う会社に十分な利益が残らなければ、人を雇えません。
給与を上げられません。
若い人も入ってきません。
技術も継承できません。
やがて修理する会社そのものが地域からなくなります。
補給部隊がなくなれば、前線も維持できなくなる。
だからこそ、補給部隊にも利益が必要なのです。
価格を、過去の相場ではなく価値から考える
その考え方が、価格にも表れています。
例えば、漁業に関わる現場でのメンテナンス料金5万円から10万円へなったとします。
金額だけを見れば、2倍です。「高くなった」と感じるかもしれません。
しかし、考えるべきなのは、従来の価格から何倍になったかだけではありません。
その仕事が、お客さまの操業をどのように支えているのか。そして、その仕事を担う技術と人員を、将来も維持できる価格になっているのかということです。
そして「このメンテナンスは、お客さまにどれだけの価値を提供しているのか」ということを検討しました。
船で漁に出てからトラブルが起きれば、どうなるでしょう。
漁を続けられない。
港へ戻らなければならない。
その日の漁を失う。
漁期の貴重な一日を失うことにもなります。
その損失はいくらになるのでしょうか。
料金の差だけでは、その仕事の価値は判断できません。
故障による操業停止を防ぐこと、必要な時に修理を相談できること、そして、その役割を担う技術者が地域にいること。
そうした価値と、対応を続けるために必要な費用を合わせて、価格を考える必要があります。
むしろ重要なのは、
「必要な時に相談でき、操業を支えてくれる会社が地域にあるか」です。
信用を守ることは、過去と同じ価格を守り続ける事ではありません。将来も仕事を引き受けられる状態を守ることです。

私は、この考え方は多くの中小企業の価格戦略に通じると思います。
価格を上げる時、
「原材料が上がったから」
「人件費が上がったから」
と自社の事情だけを説明していないでしょうか。
もちろん、それも必要です。
しかし、もう一つ考えたいことがあります。
自社の仕事によって、お客さまはどれだけの利益を得ているのか。
どれだけの損失を防いでいるのか。
価格ではなく、提供している価値から単価を考えるのです。
必要な時に頼れる。その体制を地域に残す。これも「接近戦」である
漁業の現場では、通常の営業時間以外に対応が必要になることもあります。
だからこそ、現場の事情を理解し、必要な時に相談できる関係と、対応を続けられる体制が重要になります。
ただし、それを職人個人の無理や善意だけに頼ることはできません。
対応の範囲や条件を明確にし、技術と人員を維持できる料金を受け取る。その仕組みがあってこそ、地域の補給線を長く支えることができます。
ここにも、ランチェスター戦略の接近戦があります。
私は接近戦を、単に「訪問回数を増やすこと」だけだとは考えていません。
お客さまの近くにいる。
お客さまの仕事を知る。
お客さまが困っている時に動く。
お客さまとの距離を縮める。
これが接近戦です。
紙問屋時代には、お客さまをランク分けし、重要なお客さまほど面談回数と面談の質を高めました。
北海道では、現場に入り、漁師さんの仕事を知り、困った時間にも対応する。
事業は変わっても、
お客さまへ接近するという戦い方は変わっていません。
そして、他社がそこまでできないのであれば、それが差別化になります。
値上げではなく「価値」を伝える
ただ料金を改定するだけでは、「値上げされた」としか伝わりません。
そこで大切になるのが、自分たちの仕事の価値を伝えることです。
なぜ、その料金が必要なのか。
なぜ夜中でも動ける体制を残さなければならないのか。
なぜ社員の待遇を良くする必要があるのか。
なぜ若い技術者を育てなければならないのか。
青沼さんは、その考え方を業界新聞の取材を通して発信しています。
私は、これも大切な営業活動だと思います。
商品を売り込む営業ではありません。
自社の存在価値を知ってもらうための認知活動です。
伝えているのは、料金改定の説明だけではありません。
補給部隊がなくなれば、前線も維持できなくなる。
という産業全体の構造です。
漁師さんが前線に立つ。
鉄工所やメンテナンス会社が後方から支える。
両者は別々ではありません。
一体です。
だから、どちらか一方だけが利益を出せばいいのではありません。
共に利益を出す。
共に人を育てる。
共に次の世代へ残る。
新聞取材を通して、その考え方を業界へ伝えています。
「お客と業者」ではなく「パートナー」
青沼さんは、
「僕はあまり、お客さんのことを客だと思っていないんです。パートナーだと思っています」
と話します。
私は、この言葉に北海道での取り組みの本質があると思います。
仕事を発注する側がお客。
依頼を受ける側が業者。
その関係だけで考えると、
「少しでも安く買いたい」
「少しでも高く売りたい」
という綱引きになります。
しかし、漁師さんだけでは漁業は続きません。
メンテナンス会社だけでも続きません。
お互いが必要なのです。
だからパートナーです。

こちらも、お客さまがいなければ困る。
しかし、お客さまも、自分たちがいなくなれば困る。
「あなたの会社がなくなったら、お客さまは困るだろうか」
私は、顧客戦略を考える上で、とても大切な問いだと思っています。
青沼さんが北海道で目指しているのも、まさにそこです。
売上日本一ではありません。
規模日本一でもありません。
「北海道の補給線として、なくてはならない会社」
を目指しています。
これも立派な1位づくりです。
一方、東京では、新規事業部「UCHOTEN FACTORY」が、ソフビ製造と成形体験に取り組んでいます。
北海道で地域産業を支える機能を残す一方、東京では、ものづくりと文化を結びつけ、新しい需要をつくる。市場への向き合い方は異なっても、人の技術を価値に変え、次の世代へつなぐという目的は共通しています。
「水のような会社」でありたい
青沼さんが最後に、とても印象的な話をしてくれました。
「僕は、水のような会社でありたいと思っているんです」
水は、入れる器によって自由に形を変えます。
障害物があれば、それを避けながら流れていきます。
しかし、流れることをやめません。
水はよどむと腐ってしまうのです。
青沼さんは、
「何を商売としてやっているかは、それほど大きな問題ではないと思っています」
と言います。
なぜなら、
「会社とは、人が社会参加するための場だから」
です。
この言葉を聞いて、それまでの話が一本につながりました。
紙問屋をやめた。
製造業へ進んだ。
M&Aをした。
北海道へ進出した。
事業の形は変わっています。
しかし、何でもいいわけではありません。
社会から必要とされる。
社員が働ける。
技術が次世代へ残る。
会社が続いていく。
その目的へ向かって、会社の形を変えているのです。
戦う場所は絞る。しかし、会社の形には固執しない
私は今回の取材から、ランチェスター戦略について改めて考えさせられました。
弱者は戦う場所を絞ります。
客層を絞る。
商品を絞る。
地域を絞る。
そこで1位を目指します。
そして、お客さまへ接近する。
面談回数を増やす。
面談の質を高める。
現場へ行く。
困っている時に対応する。
価格だけではなく、自分たちの価値を伝える。
接近戦によって、お客さまとの関係を深くするのです。
しかし、市場そのものがなくなろうとしているのに、そこで戦い続けることが戦略なのでしょうか。
それは違います。
戦う場所を変える決断も戦略です。
青沼さんは、紙問屋であることを守りませんでした。
しかし、先代から受け継いだ信用は守りました。
M&Aした会社のすべての仕事をそのまま残すのではなく、その会社に埋もれている強い商品や技術を見つけ、強いものと強いものを組み合わせました。
そして北海道では、お客さまと業者という関係を超え、
「共に地域の産業を残していくパートナー」
という関係をつくろうとしています。
私は青沼さんの経営を、こう整理しました。
守るものは、信用。
磨くものは、強み。
変えるものは、事業。
残すものは、人が社会参加できる会社。
局地戦では徹底して絞る。
接近戦で、お客さまとの距離を縮める。
そして環境が変われば、水のように会社の形を変える。
戦う場所は絞る。しかし、会社の形には固執しない。
グループ全体では事業を組み替え、それぞれの事業では、対応する顧客・地域・課題を絞り込む。
これから人口が減り、後継者が減り、職人が減っていく時代です。
中小企業に必要なのは、昔と同じ会社をそのまま残すことではないのかもしれません。
自社の中にある、
「これは次の世代に絶対に残したい」
という強みを見つけること。
そして、その強みを残すためなら、会社の形を変える勇気を持つことです。
あなたの会社で、次の世代へ残したいものは何でしょうか。
そして、それを残すために、今、変えなければならないものは何でしょうか。
事業承継を考える時、まずこの二つを分けて考えてみてはいかがでしょうか。
事例企業概要
株式会社城南村田ホールディングス
代表取締役社長:青沼 隆宏氏
本社:東京都大田区東糀谷5-8-2
創業:1949年4月(城南洋紙店として創業)
株式会社設立:1965年6月1日
資本金:4,000万円
グループ会社の管理、新規事業の開発を行う。グループでは、金属加工、精密抜型、真空成形、玩具の企画・販売などを展開。本体の新規事業部「UCHOTEN FACTORY」では、ソフビ製造と成形体験に取り組んでいる。
主な沿革
1949年 城南洋紙店創業
1965年 株式会社に改組
2002年 青沼隆宏氏が代表取締役に就任
2005年 株式会社トーマックをM&A
2006年 株式会社ムラタ洋紙店の営業権を譲り受ける
2006年 株式会社城南村田へ社名変更
2017年 株式会社城南村田 紙卸事業を譲渡
2021年 札幌市の有限会社スズキ工業所をM&A
2022年 埼玉県川口市の有限会社大樹、北海道石狩市の株式会社ワイエム・スチールをM&A
2023年 ソフビ成形工場「UCHOTEN FACTORY」を開設
2023年 有限会社スズキ工業所と株式会社ワイエム・スチールを合併させ、株式会社YMスチールスズキへ

https://www.jonan-murata.jp/























