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挑戦の決断(3) 価格の決定権を消費者に取り戻す・上(ダイエー創業者・中内㓛)

指導者たる者かくあるべし

 人の幸せは物質的な豊かさにあり
 街の小さな薬屋から身を起こし、戦後の高度成長期に一大流通帝国「ダイエー」を築いた中内㓛(なかうち・いさお)。「流通革命家」を自認して次々と価格破壊に挑み、製造メーカー主導だったかつての経済構造の中で、現在の流通の地位を確固としたものとした功績はだれしも認めざるを得ない。
 彼のまさに革命的な経営哲学の原点は戦時中の経験にあった。応召して絶望的な戦いを強いられたフィリピン戦線で、米軍の圧倒的な物量作戦を目の当たりにした。ある日ゲリラとして襲撃した米軍の基地で、戦争中にもかかわらず現地でアイスクリームをつくり兵士に配る現実に打ちのめされた。
 「人の幸せというものは、まず、物質的な豊かさを満たすことにある」
 復員後、それが中内の信念となる。神戸の焼け跡闇市で人工甘味料サッカリンの闇流通に関わり、やがて家業の薬屋を手伝うようになった。人々は欲しい商品を少しでも安く手に入れたい。しかし物資は足りない。価格は高い。
 戦後の物資不足から抜け出しても、物価は下がらない。なぜだ。とくに中内が扱う市販薬は、薬品メーカーが設定小売価格を店舗に無理やり押し付けていた。値引き販売しようものなら、仕入れ先から外された。一般商品も同様だ。メーカー側が価格設定の主導権を独占し、製造コストに利潤を大きく乗せて稼ぐ構図は、戦中、戦後の価格統制が外れても変わらなかった。
 「よし、押し付け価格を破壊してやる」。持ち前の闘志が燃えた。

 経営の神様に挑むカリスマ
 中内が目をつけたのは、問屋が抱える売れ残り在庫だった。大量生産の時代が来て、新製品が出ると問屋は大量の売れ残りを抱え苦心していた。彼はそれを安く仕入れるルートを開拓する。
 メーカーは、製造にいくらかかるかというコストから価格を決める。中内が考えたのは違う。「主婦たちはいくらならこの商品を買うか」。それを一番身近で知るのは小売業者である。いくらなら売れるかで価格を決める。そこから逆算して仕入れ価格を決める。それまでの常識を覆す発想だった。
 大阪の京阪沿線の千林駅前に開いた「主婦の店・ダイエー薬局」では、この発想で安売りの殴り込みをかけ、主婦たちの圧倒的な支持を受ける。次々と主婦の店の店舗を増やし、やがて扱い商品は雑貨、衣料品、家電製品へと拡がっていく。
 1960年代、牛肉100グラムを当時の平均価格の三分の一の39円で売る。1964年の東京オリンピックに合わせて庶民もテレビ購買の意欲が高まると、松下電器(現パナソニック)のテレビを2割引で売った。これに松下総帥の松下幸之助が激怒する。
 「もうけるコツはいかに高く売るかや」が持論の経営の神様・幸之助の発想は、中内から見るといかにも古かった。小売りの値引きの限界は15%までと松下は決めていた。それを超える安売りで攻勢をかける中内を許せない。ダイエーへの自社製品の販売を禁じた。幸之助は中内を京都に呼び出す。そして説得する。
 「中内はん、そろそろ覇道を捨てて王道についたらどないや」。軍門に降れということだ。中内は、こう切り返した。
 「こればっかりは神様からの頼みでも聞けません」
 経営の神様に経営のカリスマと異名をとる男が挑む図である。
 
 価格破壊に存在価値あり
 幸之助の仕打ちに中内は公正取引委員会に提訴する。30年戦争と呼ばれた松下・ダイエーの対立は、幸之助が世を去り両社が和解するまで続いた。
 「価格破壊」は、中内の経営者人生を通じて新年から哲学に高められてゆく。自著の中で、流通革命論について書き遺している。
 〈巨大な販売力を背後にして、(メーカーが設定する)コスト主義に基づく価格を(消費者が判断する)バリュー主義に基づく価格に置き換えることが、われわれ革新的流通業者の使命である。ダイエーの存在価値は、既存の価格を破壊するところにあるのだ〉
 ダイエーグループを流通業界の売り上げナンバー1に導いた中内は、1991年、経団連の副会長に抜擢される。士農工商の江戸時代以来、ずっと社会ヒエラルキーの最下層に位置付けられていた商業が、重厚長大メーカー主導で運営されてきた財界の中で認められた瞬間だった。
 しかし、これを頂点にダイエーは奈落の底に落ちる。中内の誤判はどこにあったのか。(この項、次回へ続く)
 
(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
 
 
 
※参考文献
『わが安売り哲学』中内㓛著 千倉書房
『流通革命は終わらない−私の履歴書』中内㓛著 日本経済新聞社
『定本カリスマ 中内㓛とダイエーの「戦後」上・下』佐野眞一著 ちくま文庫

 

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