北イタリアに攻め入ったカルタゴ軍を率いるハンニバルは、アルプス越えで2万6千人にまで減少した兵力の補充に迫られていた。
そのためにも、ローマ軍相手にまずは一戦交えて、現地で模様ながめのガリア部族にカルタゴ優位を印象づける必要があった。
現在のトリノ周辺で数日間、略奪した食糧で英気を養ったカルタゴ軍は、ローマ軍を求めて東へ向かう。
索敵に出たハンニバルの騎馬部隊が、敵の索敵隊と遭遇し、これを撃滅する。狙い通りカルタゴ軍に合流するガリア部族が増えた。
これは偶発的な戦闘だったが、やがて両軍は双方それぞれ4万の兵が激突する本格的会戦に臨む。トレビアの戦いである。
戦闘における戦術の要諦は、敵の主戦力をいかに非戦力化するかにかかっている。
たとえば、競合社の営業力が圧倒的なら、営業力で対抗せずに商品力で戦う。商品の性能で劣るなら、価格で対抗して相手の優位性を消してしまうようなことだ。
ローマ軍の主戦力は重装歩兵だ。一糸乱れぬ戦闘力で中央を突破し敵を撃破する。
カルタゴ軍には、敵を蹴散らす象部隊と、騎馬の本場である北アフリカから連れてきた精強なヌミビア騎兵がいる。
戦いの火ぶたが切られるや、降り注ぐ矢に驚いた象たちは興奮して四散してしまった。戦わずしてカルタゴ主戦力の一つは消えた。
ローマ軍の重装歩兵たちは勝利を確信して敵の中央に突入し、ガリア人主体の軽装歩兵を押しまくる。
しかしハンニバルは慌てなかった。策は講じてあった。敵の主力と当たる中央よりも両翼に戦闘力のある強力な歩兵を配していた。
その外側には、ローマ騎兵を数と戦闘力で圧倒するヌミビア騎兵がいる。
騎兵戦で押し込んで空いた敵の側面に主力の歩兵と騎兵が回り込む。ローマの重装歩兵は押せば押すほど敵に包囲される形になった。
さらに、林の中にあらかじめ配置しておいた騎兵と歩兵の伏兵2千が背後から襲いかかる。四周を包囲されては、重装歩兵も戦う術はない。殺し尽くされてしまった
この敗北をローマ軍は、「騎兵の差だ」と受け止めた。重装歩兵の突撃の有効性を疑うことはなかった。長年培って来た戦術を改めることは難しい。主戦力に絶対的な自信があればこそ変革の必要性に気づくのは遅れる。
見渡せば、どこにでもそんな事例はある。
二年後、同じ過ちを犯したローマ軍が壊滅の危機に追い込まれようとは、まだ知るべくもなかった。 (この項、次週へ続く)