情報を制するものが勝利を手にする(10)
大胆な行動を支えるのは周到な根回し|指導者たる者かくあるべし|経営コラム「JMCA web+」- 日本経営合理化協会">
menu

経営者のための最新情報

実務家・専門家
”声””文字”のコラムを毎週更新!

文字の大きさ

マネジメント

情報を制するものが勝利を手にする(10)
大胆な行動を支えるのは周到な根回し

指導者たる者かくあるべし

 ハンガリー政府、とりわけ首相のネーメトは、東西冷戦という戦後世界を規定してきた枠組みの終息を目指していた。

 ネーメトらハンガリー指導部は、自国が取り込まれている社会主義体制自体がすでに時代遅れだと判断していた。しかし、ハンガリーがオーストリアとの国境を全面的に開放すればどうなるか、冷静な判断が必要だった。

 改革派を自認するソ連共産党書記長のゴルバチョフは、軍事介入はためらったとしても、強烈な経済制裁にでることは目に見えている。

 ネーメトは、国境フェンス切断に先立つ4月下旬、秘密裏に西ドイツ・ケルン近郊の飛行場に飛ぶ。そして西独首相のコールに会う。

 「ハンガリーは、数日内に国境フェンスを切断する。圧力が予想されるが西ドイツはわれわれを支援してくれますか」とネーメトはコールに問う。コールは即座に、「必要な支援はすべて提供する」と決断を下した。

 ネーメトはこの極秘会談でコールに行動計画の全容を伝えている。

「まず国境フェンスを切断する。国境の警備は続けつつ、国境の全面開放が近いことを東独国民に期待させる。東独国民がハンガリーに押しかける夏のバカンスシーズンに、われわれはオーストリアとの国境を開放する。その意味はおわかりでしょう」

 少し説明がいる。東独では自由化を求める市民の反政府デモが激化しているが、東西ドイツの国境は厳重に管理されている。しかし、バカンスを過ごすためにハンガリーに出国することは可能だ。その大量のバカンス旅行者たちを、国境を全面開放することによってオーストリア経由で西独に亡命させる。

 ハンガリーが裏ルートとなって、東西ドイツの壁をぶち壊そうという計画だ。

 西独のコールにとっては、ドイツ統一が悲願である。しかし、ナチスの影におびえるフランス、英国などの西欧諸国、さらにソ連も米国も、ドイツ統一は、冷戦が終わろうとも望まない。そこへハンガリーの提案だ。コールの目には「千載一遇」のチャンスだと映った。ネーメトは、収集した情報から、西独は必ず計画に乗ると見ていた。

 コールは密かに動き出す。オーストリアとの間で、西独を目指す東独市民のビザなし通行を容認する秘密協定を結ぶ。国内では亡命者たちの受け入れ体制を急ぐ。

 そして、潮は満ちた。運命の8月19日がやってくる。小国ハンガリーの根回しで時代は劇的に動くことになる。(次回に続く)

 (書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

参考文献

『ゴルバチョフが語る冷戦終結の真実と21世紀の危機』山内聡彦・NHK取材班著 NHK出版新書
『1989世界を変えた年』マイケル・マイヤー著 早良哲夫訳 作品社
『1989年 現代史最大の転換点を検証する』竹内修司著 平凡社新書
『東欧革命—権力の内側で何が起きたか』三浦元博、山崎博康著 岩波新書

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

情報を制するものが勝利を手にする(9)モスクワの論理を逆手にとるハンガリー前のページ

情報を制するものが勝利を手にする(11)民衆の力を信じて国境を開く次のページ

JMCAおすすめ商品・サービスopen_in_new

関連記事

  1. 万物流転する世を生き抜く(30) 英雄の嘆き

  2. 逆転の発想(41) 政治に必要なのは言葉の力である(吉田茂)

  3. 万物流転する世を生き抜く(26) 常勝将軍の焦りと脆さ

最新の経営コラム

  1. #14 一流の〈お客様に感想を聞く力〉-リピーターも獲得する-

  2. 第60回 戦略の基本、「成長拡大」と「安定」を押さえよ

  3. 第188回 コミュニケーション上手になる仕事の進め方111『今年の新入社員の特徴と教え方』

ランキング

  1. 1
  2. 2
  3. 3
  4. 4
  5. 5
  6. 6
  7. 7
  8. 8
  9. 9
  10. 10
  1. 1
  2. 2
  3. 3
  4. 4
  5. 5
  6. 6
  7. 7
  8. 8
  9. 9
  10. 10

新着情報メール

日本経営合理化協会では経営コラムや教材の最新情報をいち早くお届けするメールマガジンを発信しております。ご希望の方は下記よりご登録下さい。

emailメールマガジン登録する

新着情報

  1. 教養

    第148回『「アート」を知ると「世界」が読める』(著:山中俊之)
  2. 人間学・古典

    第65講 「帝王学その15」 国を治むるは、樹を栽うるがごとし。本根揺かざれば枝...
  3. マネジメント

    第35回 社員の幸せを考えるブレない経営とは?~事例:ベン&ジェリーズ~
  4. 採用・法律

    第44回 『中小スタートアップが大企業と連携・取引する際の注意点』
  5. マネジメント

    マキアヴェッリの知(11) 時代を見抜くものが生き残る
keyboard_arrow_up