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- 高橋一喜の『これぞ!"本物の温泉"』
- 第45回 宝乃湯温泉(兵庫県) 名湯・有馬温泉に負けない濃厚な黄金湯
■濃い温泉と薄い温泉、どちらが好み?
温泉の成分は、「濃い」「薄い」と表現されることがある。ざっくりといえば、濃い温泉というのは、パンチのきいた湯で、入浴後にどっと疲れるような特徴をもった湯。濁り湯や塩味の強い温泉などに多い。
一方、薄い温泉というのは、さっぱり、しっとりした湯で、クセがないのが特徴。透明でシンプルな湯が多い。濃い温泉よりも個性には欠けるが、何度も入りたくなる安心感がある。
温泉が濃いか、薄いかは、脱衣所などに掲示されている温泉分析書を見てもわかる。温泉の中に、どんな成分がどのくらいの量、含まれているかといった情報が示されているのだが、その一部に「溶存物質」という欄がある。これは温泉に融けている成分の量を表している。少し乱暴な言い方かもしれないが、溶存物質の数値が高い温泉ほど、濃い温泉である可能性が高い。
専門的なことをいえば、温泉に融けている成分の量によって、人の体への浸透圧が変わってくる。溶存物質が10g/kgを超える湯は「高張性温泉」といって、温泉の成分が体の細胞に浸透しやすくなる。つまり、どんどん成分を吸収するので、のぼせや湯あたりといった症状が出やすい。
濃い温泉と薄い温泉では、それぞれ個性をもち、一長一短がある。好みも人それぞれであるが、濃い温泉は「ああ、温泉に入ったぁ」という満足感がより得られるのが魅力だ。
■「濃い温泉」の代表・有馬温泉
濃い温泉の代表格といえば、兵庫県神戸市に湧く名湯・有馬温泉である。日本を代表する歴史ある温泉地のひとつだ。
有馬温泉の特徴は、「金泉(きんせん)」と呼ばれる赤色をおびた褐色の湯。まるでタイ料理の激辛スープのような見た目で、タオルがオレンジ色に染まってしまうほどだ。
共同浴場「金の湯」は、温泉街のシンボル的存在。加水、加温こそされているものの、源泉がかけ流し。見た目に違わぬ強烈な塩味と温泉成分の濃さは、さすが天下の名湯である。溶存物質は約45g。世の中の平均的な温泉は1g前後なので、約45倍の濃さである。
一方、歴史のある有馬温泉の周辺には、最新型の温泉施設が少なくない。つまり、スーパー銭湯風の日帰り温泉が増え続けている。これは神戸市周辺にかぎったことではなく、大阪の繁華街などにも近年スーパー銭湯がどんどん誕生しているし、全国的な傾向でもある。
市街地を何百、何千メートルも掘削し、温泉を吸い上げる都市型の温泉施設は、やはり「無理やり感」が否めない。とくにスーパー銭湯はまるでレジャー施設のようで、湯そのものを楽しむ本来の入浴スタイルとは、大きくかけ離れているように感じてしまい、正直に言うと、個人的にはちょっと苦手だ。
■市街地のスーパー銭湯に湧く濃厚湯
しかし、有馬温泉の周辺で、一目置かざるを得ない湯をもつスーパー銭湯がある。宝塚市街にある宝乃湯温泉「名湯宝乃湯」。
清潔感があってキャパシティーの大きい建物や、バラエティーあふれる湯船が並ぶ浴室は典型的なスーパー銭湯だが、泉質は凄まじいほどの個性派。露天風呂の一角にある源泉湯船には、黄金色の濁り湯が100%かけ流しにされている。
透明度が低く、とろりとした肌触りの湯に、温泉成分の濃さを実感させられる。塩辛さも、海水以上だ。宝乃湯の溶存物質は約25g。有馬温泉の金泉には及ばないものの、世の中の平均的な温泉の約25倍の濃さである。加水をしていない分、その濃さとインパクトは本家の有馬温泉の金泉に負けていない。
そして驚くことに、湯船のまわりに、まるで蜂の巣のような黄褐色の湯の花がこんもりと堆積しているのである。山中の秘湯の宿でたまに見かける光景だが、まさか宝塚の市街地で遭遇するとは夢にも思っていなかった。いまどきのスーパー銭湯は侮れない。