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情報を制するものが勝利を手にする(13)
交渉の潮目を読む

指導者たる者かくあるべし

 下関における日清両国の講和交渉がはじまって五日目の3月24日、第三回の交渉を終えて春帆楼を退出した李鴻章に向け、一人の暴漢が拳銃を発射する。弾丸は急所をはずれ頬に命中した。この遭難が交渉の潮目を変えることになる。

 慌てたのが日本側である。全権の陸奥宗光(外相)は、ただちに、広島で交渉の成り行きを見守りに出向いていた明治天皇に急電を打ち、天皇はただちに御典医を差し向けた。

 「朕(ちん)、深くこれを憾み(うらみ)とす。よく我が意を体し国光(国の対面)を損するなからんことを努めよ」。

 日清戦争の行方を注目していた欧米各国は、ただでさえ、文明(清)と野蛮(日本)の戦いと見ていた。講和の全権の狙撃事件が、「やはり」と日本への反感を生めば、日本が苦心している不平等条約改正の悲願も吹っ飛ぶ。

 皮肉にも、天皇が示した「我が意」にこたえたのは李であった。随行する医師もいたが、機転をもって天皇御典医の治療を受け入れる。

 「清憎し」で固まっていた日本国内の世論も旋回する。李鴻章同情論が噴き出すのである。

 李鴻章が銃撃される日までの交渉では、清が優先的に求めていた「まず休戦」の提案を日本側が突っぱねていた。交渉カードとして軍事圧力を保持するためであったが、以後、日本側は休戦を受け入れざるを得なくなった。

 頬に刺さった弾丸の摘出をしないまま、交渉のテーブルに着く李に対して、焦る伊藤と陸奥は厳しい要求を突きつけ続ける。

 高額の軍事賠償金の支払い、領土割譲要求、通商上の特権の付与、山東半島にある軍港・威海衛の保障占領…。

 「過酷すぎる」と抵抗する李鴻章は、「講和条約中に、他国の干渉を招く項目のないように」と要求するが、伊藤は「その恐れはない」と首を横に振り続ける。

 のらりくらりと時間を稼ぐ李は、この間、下関から欧州各国に対し密かに暗号電文で連絡を取り続ける。

 4月15日、李はついに折れた。ほぼ日本の要求通り、当時のわが国の国家予算の3倍にあたる2億両(約3億1100万円)の賠償、遼東半島、台湾、澎湖諸島の割譲などを受け入れ、17日、講和条約に調印した。

 しかし、それが日本を難局に巻き込んでいく。李の思惑通りだった。

 遼東半島割譲に異議を唱える独仏ロによる「三国干渉」である。(次回に続く)

 (書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

参考文献

『李鴻章―東アジアの近代』岡本隆司著 岩波新書
『日清戦争』大谷正著 中公新書 
『新訂 蹇蹇録』陸奥宗光著 岩波文庫
『氷川清話』勝海舟著 江藤淳・松浦玲編 講談社学術文庫
『日本の歴史22 大日本帝国の試煉』隅谷三喜男著 中公文庫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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