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国のかたち、組織のかたち(31) 農業主義から重商主義へ(田沼意次の時代 上)

指導者たる者かくあるべし

 評価の分かれる「田沼政治」

 今年のNHK大河ドラマ「べらぼう」は、18世紀、江戸時代を舞台に出版業を営む蔦屋重三郎を中心に江戸庶民の暮らしを描いている。この時代、老中の田沼意次(たぬま・おきつぐ)が幕府の財政改革を推し進めていた。ドラマでも、今後、田沼時代の政治が物語の伏線として描かれそうだ。

 田沼というと、賄賂政治の代名詞として扱われイメージは悪いが、それは、田沼失脚後に、反田沼路線で幕政改革を主導した松平定信(まつだいら・さだのぶ)の時代に、「悪の時代の首謀者」として誇張されたもののようだ。実のところ、田沼政治には、幕府財政を農業中心から商業中心に大きく動かす大胆な発想も秘められていた。田沼政治の評価は今、識者の間でも大きく分かれている。一面的に見ると実相を見誤る。

 田沼家は、紀州徳川家に仕える足軽の出身で、紀州藩主から第8代将軍になった徳川吉宗に従って江戸へ出た新参の旗本二代目だ。当初は、賄い扶持600石にすぎなかったが、意次が家督を継いだあと、9代将軍・家重(いえしげ)、10代家治(いえはる)に重用されて順調に出世し、5万7000石・遠江国の相良(さがら)藩大名に取り立てられ、老中に昇進する。

 時代背景は違うが、昭和の宰相、田中角栄を彷彿とさせる。政治手腕に関して二分される評価も似ている。

 天災続きで疲弊する幕府財政

 幕府財政は吉宗による享保(きょうほ)の改革で緊縮財政が敷かれて立ち直りの兆しを見せていたが、その後、天災・飢饉が相次いで、年貢米は大きく落ち込み、意次が老中に就いた18世紀後半(1867年)には、再び慢性的な赤字体質に落ち込んでいた。

 「出るを制して、入るを図る」。いつの時代でも財政再建の方法はこれしかない。企業で言えば、「最大限の収入と最小限の経費」を目指すことになる。意次は、支出に関しては、吉宗の改革精神を踏襲し、質素倹約の緊縮策を継承した。武士、町人の贅沢を禁じるばかりでなく、幕府からの支援で成り立つ朝廷・公家の財政にも大きく制限をかける。

 問題は、収入を増やす道だ。江戸時代、「士農工商」の身分制が厳格に守られた。守られたというより、イデオロギー的にその建前に縛られている。最下層に位置付けられた「商い」は、カネにまつわる賤しい行為として蔑まれた。武士の次に位置づけられ人口の9割を超える「農民」はというと、武家の財政を支える年貢米を取り立てる対象として尊重されているだけで、現実には質素を強いられてぎりぎりの生活の中で、可能な限り「生かさず殺さず」の年貢を取り立てられる農民の生活は疲弊し、減税(年貢の軽減)と徳政(借金の棒引き)を求める一揆が各地で頻発していた。

 過酷な徴税を逃れるため農村を離れる農民が跡をたたず、都市部、特に江戸市中へ流入する。疲弊した農村の若い女は遊里に売られ、治安問題も発生していた。

 商業、民間の力の活用

 江戸イデオロギーの観点からすれば、収入が行き詰まれば増税、つまり年貢率の引き上げしか頭に浮かばない。しかし、相良藩の運営を通じて意次は、増税による農民からの搾取に限界があることを熟知していた。増税すれば離農を招く。離農が進むと税収は自ずと減少する。

 離農の進展は、悪いことばかりではなかった。土地に縛られない商工業人口が増え、商品の生産、流通が活性化する。近世資本主義が膨らみ始めていた。そこに収入の道がある。意次は、商業、都市における民間の力を生かす道があるのではないかと考え、手を打ち始める。

 大河ドラマ「べらぼう」の時代背景の解説はこれぐらいにして、意次の試みの内容と、その成否について見ていこう。 (この項、次回に続く)

(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

 

※参考資料
『日本の歴史17 町人の実力』奈良本辰也著 中公文庫

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