■函館の名湯、湯の川温泉
北海道・函館空港に降り立った。湿気でむしむしとした東京と比べて、気持ちよいほどにカラッとしていた。
東京・羽田から旅立ち、1時間半後には宿にチェックイン。初めて函館に来たときは「北海道って、こんなに近かったんだ」と実感したものだ。
函館空港から車で5分ほどの距離には湯の川温泉がある。開湯は1654年。幼少の頃の松前藩主を湯治させたところ、まもなく全快したというエピソードも残る。箱館戦争のときには、旧幕軍の総裁・榎本武揚も浸かっていたとされる。北海道の中では歴史の深い温泉地である。
「函館の奥座敷」とも呼ばれる湯の川温泉は、市街地からも近く、いわゆる温泉情緒のあふれる温泉街ではない。市街地にホテルや旅館が十数軒点在しているが、普通の住宅もまぎれているので、「どこからどこまでが温泉街」という線引きはしにくい。それでも、路面電車が温泉街を走っていたり、昔ながらの温泉銭湯が残っていたり、函館競馬場が近くにあったりと見どころは少なくない。
■函館市民の「普段使いの湯」
「函館の温泉といえば湯の川」というのが一般のイメージだが、じつは函館屈指の観光スポット、函館山の近くにも知る人ぞ知る名湯が湧いている。
函館駅前から市電に乗り込み、終点の谷地頭(やちがしら)へ移動。100万ドルの夜景で有名な函館山の東麓に位置する。といっても、夜景が目当てではない。谷地頭には、函館を代表する温泉銭湯「谷地頭温泉」があるのだ。
谷地頭温泉の歴史は古い。函館市の水道局が源泉を掘り当て、日帰り入浴施設の「市営谷地頭温泉」が開業したのが1953年。それ以来、函館市民の「普段使いの湯」として愛されてきた。
圧巻なのは、そのスケールの大きさ。「銭湯」という括りに違和感を覚えるほど巨大な施設である。駐車場は約100台分のスペースがあり、入口の下足入れは、まるで学校の下駄箱のようにズラッと並んでいる。浴室は、体育館のような広々とした空間に、「高温」「中温」「気泡」の3つに分かれた巨大な湯船がドーンと横たわる。100人近く入れるのではないだろうか。
さらには、湯船を取り囲むようにカランがずらりと並ぶ。100個あると聞いたことがあるが、実際に目視してみると、それも単なる噂ではなさそうだ。カランの数という点では、おそらく日本トップクラスといえるだろう。
筆者が初めて谷地頭温泉を訪ねたのは、日本一周をしながら3000温泉をめぐる旅の途中だった。フェリーで函館港に到着し、最初に入浴したのが、この温泉だった。「銭湯」のイメージをもっていた筆者は、そのスケールの大きさに圧倒され、「これぞ北海道サイズ!」と感動したのを今でも覚えている。
■函館山の麓に湧く濁り湯
谷地頭温泉の魅力は、スケールだけではない。泉質もすばらしい。かけ流しにされている湯は、茶褐色の濁り湯。成分の濃厚さゆえに白いタオルが赤茶色に変色してしまうほどだ。
ぺろりと温泉を舐めてみると、塩辛さを感じる。泉温を下げるために加水しているものの、成分はかなり濃厚。5分も浸かっていれば、止まらなくなるほど汗が噴き出してくる。
火照った体を冷ますには、露天風呂がおすすめ。五稜郭をかたどった星形の湯船が特徴だ。まわりは住宅街なので壁が高く、視界はあまりないが、函館山の一部はしっかり見える。ときおり、露天風呂の真上を着陸態勢に入った飛行機が低空で飛んでいくので、飛行機好きにはたまらないロケーションである。
露天風呂でくつろいでいると、地元の人に話しかけられた。挙動不審だったのか、観光客であると見抜かれたようだ。「まだ函館山に登ったことがないなら、ぜひ夜景を見て帰ったほうがいい」としきりに勧められた。
たしかに一度、函館山から夜景を拝んでみたかったが、1人で夜景を見る気にはなれず……。「今度は家族と一緒に来よう」と心に決めて函館を後にしたのだった。