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楠木建が大前研一から「直接・対面で」受けた「強烈な批判」への感謝

楠木建の「経営知になる考え方」

大前研一氏から受けた「対面」での「強烈な批判」

この連載に限らず、『ストーリーとしての競争戦略』や『逆・タイムマシン経営論』のような本でも、僕の書くものは本質的に嗜好品だ。気に入ってもらえないことも多々ある。それは各人の好みや読書目的次第なので仕方がない。

ありがたいのは対面での批判だ。考え直したり、逆に自分の思考について確信を深めたりするうえで重要なきっかけとなる。

『ストーリーとしての競争戦略』という本を書いているとき、仕事でよくご一緒していた大前研一さんから強烈な批判を頂戴したことがある。言うまでもなく大前さんは戦略構想の集大成のような人。その彼から「戦略はストーリーなどというものではない」と指摘を受けた。ずいぶん前に『「好き嫌い」と経営』という経営者との対談の本を作ったのだが、大前さんとの対談の一部を以下に採録する。


大前研一氏との対談

大前 私は生まれてから、上司の言うことを聞いたことがないし、親の言うことを聞いたことがないし、それから先生の言うことを聞いたことがない。それは死ぬまでそうだと思いますよ。

楠木 確かに「先生」がお嫌いですよね(笑)。

大前 もう大嫌いだね。楠木さんは珍しい先生だから別だけど(笑)。先生というのは過去形の人が多いと思う。うまくいっている会社とうまくいっていない会社を20年分調べて、「うまくいっている会社はこうです」とフレームワークをつくって、それを20年間教えている。学生は40年も古い話を聞かされるのだから、ひどい話です。私もBBT(ビジネス・ブレークスルー)で先生をやっているけれど、ケーススタディを毎週、自分でつくっていますよ。楠木さんは常に何かを観察して、気づいたことをシェアするけれど、そういう人が先生には少ない。観察をしながら、自分の考えていることを言うという点においては、楠木さんはアカデミックじゃないですよね。

楠木 悪い意味でも、まるで「アカデミック」ではないですけどね。僕はこの十数年、大前さんの会社の手伝いをしていますが、肯定的なことを直接言われたのは今日が初めてです。それまでは「おまえは先生なんかやっているから駄目だ」みたいな感じで(笑)。

大前 いや、そんなことないよ。「『ストーリーとしての~』なんて言っているけど、ストーリーは成功者があとでつくるものだから参考にならねえぞ」と言っただけ。

楠木 『ストーリーとしての競争戦略』の執筆中に大前さんに僕の考えを聞いていただいたとき、そう否定されました。後から面白い話に仕立てているだけで、当事者はそんなことは考えていない、とね。

大前 経営学というのはストーリーが出てきたらまず駄目だと思うね。ストーリーというのは思い返して出てくる部分が非常に多い。私もいろんなずるい経営者に会っているけれど、みんなうまい具合に過去が物語になっています。だけど一緒に苦労した人間から見ると違いますよ。必死になって生きようとした末にやっただけというのがほとんどです。先ほどシンガポールとマレーシアの話をしましたが、「おっ! この国はこういう姿が見えるよな」とポッと気がつくのが先です。シンガポールで言えば、当時人口300万人を切っていましたから、「隣のインドネシアの人口が2億人を超えているし、製造業は難しいよね」と話し、必死に考えたバーチャルキャピタルというコンセプトを出したわけですよ。それに「ノー」と言ったリー・クアンユーとはその後何回も会っていますが、今となったら全部自分が考えたようなことを言っていますからね。これが「ストーリーとしてのシンガポール」ですよ(笑)。

楠木 話がヤバい方向に来た。でも、僕は戦略はやっぱりストーリーだと思いますけどね。

大前 いや、ベストセラーになったから、今は自分のほうが正しいと思っているでしょ(笑)。


 

戦略構想という「アート」を「論理」で説明しようとする試み

大前さんの批判は的確だ。戦略構想はサイエンスというよりはアートに近い。戦略づくりはスキルではなくてセンスだ。優れた戦略を創る人は戦略芸術家と言ってさしつかえない。そういう人にとって、戦略ストーリーは大前さんが言うように「ポッと気がつくのが先」だというのはよく分かる。

僕自分で経営しているわけではない。あくまでも観察者であり評論者。世にある優れた戦略やそうでもない戦略を観察し、ああだのこうだの考えを言っているに過ぎない。

経営者の戦略ストーリーづくりと僕の仕事は、絵画芸術と芸術評論の関係に近似していると考えている。優れた絵画芸術家はいちいち思考のステップを踏まずに「ポッと」出てくるように作品を創造する。僕はでき上った絵を鑑賞したうえで、自分なりの基準と視点でそれを考察し、評価をする。なぜその絵が優れているのかを論理的に(できれば誰もが分かる形で)言語化するという仕事だ。

その意義は2つあると思っている。第1に、その絵がなぜ素晴らしいのかを伝えることができれば、いまだに戦略芸術家の域に達していない人が、優れた戦略の条件(それは「こうやったら優れた戦略ができますよ」という法則や方法の伝授ではない)を知ることができる。だとしたら経営者にとって有用なはずだ。

第2に、「ポッと気がついた」戦略であっても、それが競争優位をもたらす論理を説明できれば、当の戦略芸術家にとっても得るものがあるかもしれない。戦略芸術家は芸術家ゆえに自分の創造した芸術のメカニズムを(少なくとも言語的には)理解していないことがある。ごくまれではあるけれども、痺れるような戦略ストーリーを構想した経営者当人が、僕の本を読んだり話を聞いたりして、「自分が考えていたことがようやくわかった。これからの打ち手が見えてきた」とおしゃってくれることがあります。これが僕の仕事に取って究極的な成功だ。

大前さんの批判のおかげで、僕はストーリーとしての競争戦略という自分の考えに確信を持てるようになった。

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