■発祥の湯「大湯」
温泉めぐりの醍醐味は、共同浴場にある。共同浴場とは、地元の人々が管理する温泉浴場のことで、日本独自の温泉文化でもある。しかも、昔ながらの共同浴場は、源泉の近くに建てられているため、新鮮な湯が注がれているケースが多い。
長野県北部に位置する湯田中渋温泉郷は9つの温泉地から構成されるが、共同浴場が多いエリアとして知られる。特に石畳のレトロな街並みが魅力の渋温泉では、9つの共同浴場をまわる外湯めぐりが宿泊客の人気を集めている。
渋温泉の隣に位置する湯田中温泉も多くの共同浴場が存在する温泉地として知られる。湯田中温泉の開湯は1350年前、天智天皇(在位668~672年)の時代といわれる。古くから善光寺と草津を結ぶ草津街道の宿場町としても栄えた。
湯の質についても、昔から評判が高かったようだ。湯田中温泉は、別名「養遐齢(ようかれい)」と呼ばれる。「遐齢」とは長寿の意味で、健康や長命長寿に効果があるとされてきた。松代藩の藩主・真田氏も代々、湯田中へ湯治に通うだけでなく、松代まで温泉を届けさせたというくらい、その湯を愛していた。
そんな湯田中温泉のシンボル的存在が、共同浴場の「大湯」である。湯田中発祥の湯としても知られ、老舗の名物旅館「よろづや」に隣接する。

■厳粛な雰囲気とアツアツの源泉
湯田中温泉の共同浴場は、原則として地元の人専用(通称:ジモ専)の浴場である。「大湯」も基本的にはジモ専で、観光客の入浴は「よろづや」など周辺の旅館に宿泊している人にかぎられる。そのため、「大湯」には普段カギがかかっているため、入浴するには、泊まった宿で借りられるカードキーが必要である。
「大湯」の浴室は、木をふんだんに使ったつくり。天井が高く、照明も落とし気味なので、ムード満点。厳粛な雰囲気さえ漂う。脱衣所と浴室の間に仕切りがないのは、歴史ある共同浴場の証し。昔は、浴室と湯船は一体になっているのが当たり前だった。
湯船は、高温と低温の2つに分かれており、ともに6人くらいが入れるサイズ。高温の湯船は、アツアツの透明湯がかけ流しにされており、身を沈められる泉温ではない。45℃以上ありそうだ。とはいえ、低温のほうも、湯船が底でつながっているので、なんとか浸かれる熱さである。だが、一度体が慣れてしまえば、わずかに塩味のする湯は、さっぱりして気持ちいい。温泉好きなら一度は入浴してみたい共同浴場である。
■共同浴場の入浴マナー
大湯に限った話ではないが、各地の共同浴場を訪ねた際はくれぐれもマナーを守って入浴したい。共同浴場は、地元の人が毎日のように利用する「普段使いの湯」である。住民が当番制で清掃し、大事にしている共同浴場も多い。本来なら、観光客にも湯を提供してくれることに感謝しなくてはいけないが、残念ながら、傍若無人な振る舞いをする観光客も少なくない。
かつて、とある共同浴場でこんな出来事があった。入浴を終えて脱衣スペースで涼んでいたら、浴室内に怒鳴り声が響いた。「勝手なことをするな!」。筆者と入れ違いでやってきた観光客が、湯を水で埋めようとしていたからだ。
熱くて入れないと判断したのだろうが、勝手に水で埋めるのはマナー違反である。自分にとって熱い湯でも、他の人にとっては適温かもしれないからだ。しかも、水を入れてしまえば、温泉の成分も薄まることになる。だから、どうしても熱くて入れないときは、まわりの人の承諾を得てから、水を入れるべきだろう。
その観光客は、マナーを知らなかっただけで悪気はなかったのだろう。「すみません」と謝って、気合いで湯船に浸かろうとした。しかし、数秒しか入れないまま出ていく結果となってしまった。共同浴場のマナーを知らなかったがために起きた悲劇である。
「あいさつをする」「体を洗う、かけ湯をしてから入る」「体を拭いてから上がり、脱衣所を濡らさない」「大声で話し込まない」「無断で水を入れない」といった最低限のマナーを守って利用することを心がけたい。



























