■全国でも貴重な「泥湯」
美肌になる! 美白効果がある! シミ・シワがなくなる! そんな宣伝文句で販売されているのが「泥パック」の化粧品やエステ。その効果のほどはわからないが、「泥パックは肌に効く」と、女性を中心に一定の支持を集めているようだ。
じつは、温泉でも泥パックを体験できる。といっても、ここで言う泥パックは、エステや化粧品としての泥パックではなく、天然の「泥湯」。地中の泥が源泉の中に堆積している特殊な温泉である。日本各地には、数えるほどであるが、天然の泥を肌に塗って、いわゆる「泥湯パック」を楽しめる温泉がある。
私の知るかぎりでは、ニセコ湯本温泉(北海道)、藤七温泉(岩手県)、後生掛(ごしょうがけ)温泉(秋田県)、泥湯温泉(秋田県)、別府温泉(大分県)、霧島温泉(鹿児島県)などである。いずれも首都圏から気軽に行ける場所ではないが、関東で貴重な泥湯パックが楽しめる温泉地がある。塩原温泉郷のひとつ、奥塩原新湯温泉だ。
塩原温泉郷は、11の温泉地から構成されており、「塩原十一湯」と呼ばれる。旅館や飲食店などが立ち並ぶ温泉街の中心から、車で15分ほどの場所に湧いているのが、奥塩原新湯温泉。名前のとおり、1200年以上の歴史を誇る塩原温泉郷の中では新しい温泉だが、それでも江戸時代の開湯から300年が経つ名湯である。
■情緒ある湯小屋と乳白色の濁り湯
温泉街は標高1000メートルに位置する。温泉街といっても、道路沿いに数軒の旅館と小さな商店が並ぶのみ。湯治場のような風情だ。
温泉街が近づくと、車の中にまでゆで卵のような硫化水素の香りがプーンと漂ってくる。いわゆる硫黄臭が強烈な温泉地の多くは、近くに火山があるものだが、奥塩原新湯温泉も例外ではない。温泉の熱源でもある爆裂火口跡からは、現在も亜硫酸ガスを含んだ白い水蒸気がもうもうと噴出しており、まるで地獄のような風景が広がる。
温泉街からも、むき出しになった荒々しい岩肌から水蒸気が立ち上っているのが見える。塩原温泉郷の中で、最も大地のエネルギーを体感できるスポットだろう。
天然の泥湯パックが体験できる温泉旅館が、「湯荘白樺」である。正直言うと、建物自体は風情があまりない鉄筋コンクリートづくりだが、部屋は清潔感があって、居心地は悪くない。
浴室は男女別の内湯と、混浴の露天風呂がひとつずつ。お気に入りは内湯。床も湯船もすべて檜づくりで、温泉情緒がある。東北の共同浴場を思わせる風情を醸し出している。5人ほど入ればいっぱいになる小ぶりな正方形の湯船には、乳白色の濁り湯がかけ流しにされている。湯小屋の黒ずんだ檜の色と白濁湯のコントラストが美しい。
源泉から湯船までは、なんと3メートルの距離。引き湯する距離が短ければ短いほど、湯が酸化せずに鮮度を保つことができる。そういう意味では理想の湯船である。
■肌がツルツルスベスベに
硫化水素の香りが強烈な湯は、pH2.6の酸性泉。しっとりとまろやかな中にも、キリリと引き締まる湯の力強さがある。酸性の湯は殺菌作用があるので、皮膚病などにも効果があるとか。
肝心の泥湯パックは、この内湯で体験できる。湯船のわきに灰色の「湯泥」が入った容器が置いてある。源泉の底から汲み上げているので、温泉成分が泥に凝縮されている。ドロドロで、ずっしりと重い。この泥を体の調子の悪いところに塗って3分以上放置すると、効果があるとか。私はパソコンの使いすぎで腱鞘炎気味の腕にたっぷり塗ってみた。
10分後、泥を洗い流すと、さすがにすぐに痛みが消えることはなかったが、肌がびっくりするほどツルツルスベスベになっていた。少なくとも美肌効果はあったようだ。肌に悩みを抱えている人は、ぜひ天然の泥湯パックを試してみてほしい。