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経済・株式・資産

第196話 レアアースを「ムチ」にTikTokを「アメ」にする中国の作戦

中国経済の最新動向

 9月19日、アメリカのトランプ大統領と中国の習近平国家主席が今年3回目の電話会談を行った。

 会談では、懸案であるTikTok(ティックトック)の米国事業売却に関する枠組み合意を承認したほか、10月末から韓国で開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に合わせて会談することやトランプ大統領が来年早期に訪中し、習主席も適切な時期に訪米することでも合意した。トランプ氏はSNSに「貿易、(合成麻薬の)フェンタニル、ロシアとウクライナの戦争終結の必要性、TikTok取引の承認など、多くの極めて重要な課題で進展があった」と投稿した。言うまでもなく、この電話会談を成功させる決め手はTikTok売却をめぐる中国側の妥協である。

 一方、2025年5月に米中両国の政府代表は長時間の交渉を通じ、互いの追加関税を115%引き下げる合意に達した。この合意の背景には、中国のレアアース輸出規制が重要な役割を果たしたことが周知の事実だ。


 これらの一連の動きは、「ムチとアメ」を使い分ける中国のしたたかな対米作戦が鮮明に示されている。

 

●レアアースが中国の戦略的「ムチ」

 レアアースは電気自動車(EV)のモーター、スマートフォン、風力発電装置など、現代のハイテク産業に不可欠な材料だ。


 レアアースの採掘や精錬は環境に大きな負荷を与え、生産コストも極めて高いため、先進国ではほとんど生産されていない。一方、中国は世界のレアアース埋蔵量と採掘量の両方で際立ったシェアを持っており、特に精錬技術において他国にない圧倒的な優位性を持つため、レアアースの世界供給の約80%を支配している。


 この寡占的な地位を利用し、輸出制限などによって他国への交渉材料とする「外交カード」として活用することは、中国にとって極めて合理的な戦略となる。この「外交カード」の活用で中国の国益を守った最新の実例は正に、今年5月の米中関税交渉である。


 周知の通り、二期目トランプ政権誕生後、中国に対し大規模な関税戦争を発動し、中国も一歩譲らぬ報復措置をとってきた。


 今年2月4日、トランプ政権は合成麻薬の原材料フェンタニルの輸出を理由に、中国輸入品への10%の追加関税が発動。これを受けて中国政府は、アメリカからの石炭と液化天然ガス(LNG)に15%の関税を、原油、農業機械、ピックアップトラック、大型エンジン車には10%の関税を課す報復措置を発表した。

 
 3月4日、トランプ政権は同様の理由で対中関税を10%上乗せして20%に引き上げた。中国は、アメリカからの大豆、牛肉、豚肉、野菜、水産物などに10%の関税を、小麦、トウモロコシ、鶏肉には15%の関税を課す対抗措置を発表した。


 4月3日、トランプ政権は、中国への34%の関税を含む世界各国への相互関税を発表した。それに対し、中国は翌日の4月4日に、34%の対米報復関税を発表する一方、レアアースの輸出規制を実施した。


 アメリカの相互関税に対し報復関税を発表したのは中国のみだった。激怒したトランプ氏は中国に報復関税の撤回を求めたが、その要求を退けた中国に対し、4月9日にさらに50%を上乗せした84%の追加関税を課して合計104%に達した。これに対して中国も34%の報復関税に50%を上乗せしてアメリカからの輸入品全ての関税を84%に引き上げると発表した。


 4月10日、トランプ政権は中国を除く世界各国を対象に発動した相互関税の第2弾を90日間停止し、中国への関税を125%に引き上げた。また、最初の追加関税である20%に上乗せしたものであるとし、合計で145%になると発表した。翌日、中国も対米関税を125%に引き上げると発表し、これ以上の関税引き上げは実質的に意味がないものとして対応しないことを表明した。


 100%以上の関税の下では、貿易は事実上できない状態になり、米中双方にとってダメージが大きい。特に、中国のレアアース禁輸措置はアメリカ企業に痛手を負わせた。例えば、アメリカ自動車大手のフォードは4月に高関税のため、スポーツ用多目的車(SUV)やピックアップトラックの対中輸出を停止した。5月にレアアース材料の不足により、米シカゴ工場でスポーツタイプ多目的車(SUV)「エクスプローラー」の生産を1週間停止した。


 トランプ政権はこうしたアメリカ企業の苦境を無視できず、米中相互関税の引き下げに動き出した。5月12日、ベッセント財務長官と中国の何立峰副首相がジュネーヴで貿易交渉を行い合意に達した。この合意を受け、アメリカと中国は共同声明で双方が関税の115%を90日間引き下げることを発表した。その後、ベッセント財務長官と何副首相は7月にスウェーデンで、9月にスペインで交渉を続け、115%の相互関税の停止を今年11月中旬まで延長することに合意した。


 言うまでもなく、米中双方が関税の115%を引き下げる合意の決め手は中国のレアアースの輸出規制だ。米中合意によって、中国はアメリカに対し、レアアースの輸出規制を緩和したが、完全に撤廃する訳にはいかない。レアアースは中国政府の戦略的カードとなっているからだ。


 今後、中国は引き続きレアアースという「外交カード」を活用し、アメリカとの貿易交渉に臨むだろう。

 

●TikTok:対米交渉における「アメ」としての役割

 もしレアアースを中国の対米交渉の戦略的「ムチ」とすれば、TikTokを中国の対米交渉の「アメ」と言えよう。


 TikTokはショートムービープラットフォームを運営する中国のテクノロジー企業バイトダンス(中国名:字節跳動)の海外子会社である。その短篇動画アプリは、AI技術を駆使したコンテンツ推薦アルゴリズムを強みとしている。特にアメリカでは1億7500万人のユーザー数(2025年1月時点)を持ち、若者の中では絶大の人気と並ならぬ影響力を持っている。アメリカでの広告収入だけで、100億ドルを超え、数百万人の雇用も創出していると言われる。トランプ政権にとって、TikTokは魅力的な存在に違いない。


 トランプ大統領もTikTokの愛好者である。昨年アメリカ大統領選挙の勝利にTikTokが貢献したと、トランプ氏本人が認めている。さらに、トランプ氏は来年の中間選挙をにらみ、TikTokの果たす役割に期待し、その存続を強く望んでいる。そのため、彼はバイデン政権時代に成立した「TikTok規制法」(TikTokを運営する中国のバイトダンスからTikTokの米国事業が米国企業に売却されるなど適切に分割されない限り、2025年1月にアプリの提供などを禁止する法律)の執行開始を、これまで4回にわたって延期する大統領令に署名した。4回目の延期期限が12月16日とされる。


 中国はTikTokの米国事業売却をめぐって、アメリカの安全保障上の懸念に配慮する姿勢を見せつつ、ある程度の妥協を示している。それは関税などほかのより重要な分野においてアメリカ側から一定の譲歩を引き出す狙いだ。TikTokを交渉材料として、国益の最大化を図るのは中国の既定方針である。

 

●米中二極化の動きが一層加速

 世界的に見ても、トランプ関税に対抗できる国が中国しかない。レアアースのような戦略的「ムチ」があるのみならず、TikTokのような戦略的な「アメ」も持っているからだ。


 今後、中国は引き続き重要鉱物資源の支配力と技術的影響力を巧みに組み合わせることで、自国の国益を効果的に推進していくだろう。


 残念ながら、日本やEUには中国のような経済力がないし、レアアースのような「ムチ」もない。結局、トランプ関税に対抗できず、アメリカ側の条件を飲むしか方法がない。


 トランプ関税を通じて、世界は米中二極化に向かう動きは一層加速される。われわれはこの時代の流れを見逃してはならない。(了)

 

第195話 日中激突~「日本車の牙城」を襲う異変前のページ

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