「責任ある積極財政」
10月に発足した高市早苗内閣は、「強い経済の実現」を訴えて、安倍政権時代の積極財政政策(アベノミクス)を継承することを宣言した。必要な分野に積極的に投資を行い、企業の設備投資と内需を喚起することで、税収を増やして、経済成長の歯車を力強くまわす、という発想だ。理屈はそうなのだが、第二期安倍政権の8年間では、赤字国債で積極財政を支え、それに見合う経済成長は確保できなかった。
物価高にあえぐ国民の期待を受けて出帆した高市政権は11月21日、総額21.3兆円規模の総合経済対策を閣議決定した。生活安全保障・物価高対策に11.7兆円、成長投資に7.2兆円、防衛・外交力強化に1.7兆円…などとなっている。一般会計からの歳出は17兆円規模で、今臨時国会で補正予算が組まれることになるが、昨年度の補正予算と比べて4兆円上回る積極さだ。税収などで賄えない部分は、赤字国債で補うことになる。
首相は、「責任ある積極財政」を掲げ、財政赤字を減らす努力は怠らないとしているが、大丈夫なのだろうか。
先送りされるプライマリーバランス
補正予算を組むにあたって高市首相は、国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス=PB)の単年度黒字化目標を取り下げると国会で表明した。財政均衡を犠牲にしても、目の前の重点施策を進めるということで、国家財政が抱える最大の問題を先送りすることになる。初めての予算で積極さをアピールすることを優先した。将来の成長が見込める分野への投資なら積極的に予算を注ぎ込んでも将来的にはお釣りが返ってくる、という発想だ。
国会で「PBは将来の投資効果を見て、数年単位でバランスを確保する方向」と答弁している。政府は2018年度以降、2025年度の黒字化目標を設定してきた。先の石破茂政権では、「25、26年度の間に」としていたが、この目標をさらに後退させることになる。
歴代政権は、財政の健全化を掲げ続けてきたが、近年でみれば、リーマンショック(2008年)、東日本大震災(2011年)、コロナ大流行(2020〜23年)と、「100年に一度」と呼ばれる災危のたびに大規模な財政出動が繰り返され、財政の黒字化は先へ先へと伸ばされてきた。キリがない。
高市政権は、将来の成長が見込める投資先として、AI分野、防衛産業などを挙げているが、その分野の成長がなければ赤字は膨らむばかりで、ツケは将来の世代にのしかかる。首相が描く成長戦略の絵の確かさに国の将来がかかっている。
政府と日銀の緊張関係
経済政策は、予算の編成、財政を担う政府(財務省)と、独立機関として物価・通貨政策を担当する日本銀行の両輪で動く。日銀は政府から独立しているとは言え、「(日銀の金融政策が)政府の経済政策の基本方針と整合的なものとなるよう、常に政府と連絡を密にし、十分な意思疎通を図らなければならない」(日銀法第4条)と定められている。当然のことだ。
高市首相と植田和男日銀総裁は18日、首相就任後初めて会談した。詳細は明らかになっていないが、当然、物価高対策と金利の引き上げ問題が話題に上っただろう。
植田総裁は、会談後、「2%のインフレ率にうまく着地することが物価安定だけでなく、息の長い経済成長につながる」と記者団に語った。金利誘導が重要だと首相に説明したことを示唆した。
積極財政策をとる首相は、低金利による金融緩和を志向する。しかし就任以来、為替は1ドル150円を超えて円安に触れている。低金利政策を目指せばさらに円安に振れて、物価を押し上げ、成長政策の足かせとなる。一方で異次元緩和からの脱却を目指す植田日銀は、さらなる金利引き上げのタイミングを模索している。植田総裁は10月の金融政策決定会合後の会見で、「春闘のモメンタム(勢い)を確認したい」として、賃上げの状況によっては利上げに踏み切る姿勢を見せた。
市場では、日銀は年末から年明けにかけて金利を引き上げるだろうとの観測が広がっている。
水面下では、政府と日銀の駆け引きが続いている。長い日銀の歴史をみれば、それはそれで健全なことなのだ。意見対立のないところに進歩はない。(「日本銀行と財政政策」の項は、今回で終了)
(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
※参考資料
「異次元緩和の罪と罰」山本謙三著 講談社現代新書
「ドキュメント 異次元緩和」西尾智彦著 岩波新書
























