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国のかたち、組織のかたち(33) 農業主義から重商主義へ(田沼意次の時代 下)

指導者たる者かくあるべし

 賄賂政治批判と田沼の失脚

 18世紀後半、第10代総軍・徳川家治(いえはる)の側用人兼老中として幕政を動かした田沼意次(たぬま・おきつぐ)の改革は、商人の活動を最大限に利用しようというものであったから、当然ながらカネにまつわる悪い噂が付きまとう。

 生活必需品の流通の活性化のために、同業者によるカルテルである株仲間(座)を公認し、専売権を与えたことで、座の成員には莫大な利益が入る。意次一人ではなく、現場の役人たちも利権擁護のみかじめ料を商人たちに要求する。政治が民間活力を利用しようとすれば避け難い癒着構図だ。利権にありつけなかった商人や、物価高に苦しむ町人たちからの反発は大きかった。

 「田沼の屋敷には、商人から賄賂で贈られた金銀財宝が溢れている」との評判が江戸市中を駆け巡った。どこまでが真実かわからない。今で言うなら真偽不明の噂がまことしやかにSNSを賑わせるようなものだろう。「商業活動は、儒教が説く八つの徳を踏み外した“忘八”の所業だという固定観念から抜けきれない守旧派の幕閣たちは、噂に尾ひれをつけて田沼政治の悪評を誇張して流布させた側面もある。

 意次は、天明6年(1786)年に、将軍家治の死去と相前後して老中を辞任させられ、失脚する。財産、屋敷は没収され非業の最期を遂げる。

 蝦夷地開発の発想

 志半ばに終わったが、意次は国防と対露外交の観点から、蝦夷地(北海道)経営の重要性に気づき、蝦夷地開発に乗り出そうとしていた。当時ロシアは、シベリアの開発を進め、その勢力は沿海州にまで到達しており、折に触れて、日本と交易したいとの意思を幕府に伝えていた。

 ここでも意次の発想は商人のそれだった。それまで幕府は、鎖国の原則を家康以来の国是であるとして、長崎を窓口にして、中国、オランダとのみ交易を認めていた。

 ロシアが交易を望むなら、蝦夷地を舞台にした対露交易を活性化しようと彼は考える。ロシアが蝦夷地に興味を示し始めている今、手をこまぬいていれば、密貿易が盛んになるだけだ。国防の不安もある。蝦夷地を開発して金銀銅山を掘り当て、それを交易決済に当てれば良い。当時、赤字に悩んでいた長崎交易に変わって、蝦夷地をロシアとの貿易センターにするという発想だった。

 意次は、失脚前年には、蝦夷地の開発可能性を探るため、最上徳内(もがみ・とくない)らをメンバーとする大調査団を国後、択捉まで送り出している。

 時代に先んじる者

 意次失脚後、反田沼派の支持で老中についた松平定信(まつだいら・さだのぶ)は、「採算がとれず時期尚早」として蝦夷地開発をペンディングとしたが、定信失脚後、19世紀に入って国防上の観点から全蝦夷地は幕府の直轄となる。北海道開発の重要性が認識されるのは、明治維新後まで待たねばならなかった。

 意次は、台頭しつつあった町人文化の実力、とりわけ商人活動の可能性を正しく、しかも先取りして評価していた。残念なことにそうした政治家は、同時代人にとっては「変人・異端」であり、正しく評価されないものなのだ。

 田沼時代には、舞台に文芸に町民文化は花開き、一時代を画している。その町民時代をリードした平賀源内も出版業の蔦屋重三郎もまた変人・異端であった。意次は、そうした文化運動をリードした奇人・源内のパトロンでもあった。

 時代というものは、変人・異端が切り開いていくものかも知れない。彼らを評価できない社会は停滞し、やがて衰退する運命にある。

(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

 

※参考資料
『日本の歴史17 町人の実力』奈良本辰也著 中公文庫

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