宿泊業を営む田中社長は、先日、若手の従業員から退職の申し出を受けました。理由を尋ねると、ある客から数時間にわたり叱責され、「誠意を見せろ」「土下座しろ」と迫られたことが原因であることが判明しました。
2026年10月からカスタマーハラスメント(カスハラ)対策が企業の義務になるというニュースを目にした田中社長は、賛多弁護士に相談することにしました。
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田中社長:先生、2026年10月からカスハラ対策が「義務化」されると聞きました。当社のような中小企業も対象なのでしょうか。
賛多弁護士:はい、対象です。2025年6月に成立した改正労働施策総合推進法により、2026年10月1日から、事業主はカスハラから従業員を守るための「雇用管理上の措置」を講じることが義務付けられます。パワハラ防止措置と同じ枠組みですが、今回は大企業への先行適用といった経過措置はなく、労働者を一人でも雇っていれば、施行日から全ての事業主に適用されます。
田中社長:そもそも、法律上の「カスハラ」とは何を指すのでしょうか。クレームを言うお客様は珍しくありませんが。
賛多弁護士:法律上は、㋐職場において行われる顧客、取引の相手方、施設の利用者その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者の言動であって、㋑その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより、㋒当該労働者の就業環境が害されること、と定義されています。ポイントは、正当なクレームはカスハラではないということです。商品の欠陥の指摘やサービスの改善要望は、むしろ経営に活かすべき貴重な声です。
田中社長:では、どこからが「社会通念上許容される範囲を超えた」ことになるのですか。
賛多弁護士:詳細は「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(注1)に記載がありますが、典型例としては、暴言や脅迫、土下座の強要、長時間・執拗な電話や居座り、SNSでの誹謗中傷、不当な損害賠償要求などが挙げられます。御社の従業員が受けた「数時間にわたる叱責と土下座の要求」は、まさに典型的なカスハラといえるでしょう。
田中社長:具体的に、会社は何をしなければならないのでしょうか。
賛多弁護士:厚生労働省の指針では、①事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発、②相談体制の整備、③事後の迅速かつ適切な対応、④対応の実効性を確保するために必要なカスハラの抑止のための措置、⑤そのほか①から④までの措置と併せて講ずべき措置(プライバシーを保護するために必要な措置を講じることや、相談等を理由として不利益な取扱いをされない旨を定めて周知・啓発すること)、が求められています。
田中社長:方針等の明確化とは、具体的にはどのようなことでしょうか。
賛多弁護士:例えば、社内規程、社内報、パンフレット、社内ホームページ等に「カスタマーハラスメントには毅然と対応し、労働者を保護する」旨の方針を明記し、従業員に周知・啓発する方法があります。併せて、自社のウェブサイトや店頭に基本方針を顧客などに対して周知することも有効です。従業員に「会社は守ってくれる」という安心感を与えると同時に、顧客側へのカスハラ抑制効果も期待できます。
田中社長:相談窓口は、既にあるパワハラ・セクハラ等の相談窓口と同一でいいですか。
賛多弁護士:既存のパワハラ・セクハラ等の相談窓口と一体的に設置することも可能です。ただ、カスハラは他のハラスメントと異なり、事案が発生したその場ですぐに相談することや、現場の状況に精通している上司等に相談することが適切な場合もあることから、他のハラスメントの相談窓口とは別に相談窓口を定める体制とすることも考えられます。
田中社長:実際にカスハラが起きてしまったときは、どう対応すべきですか。
賛多弁護士:まず、その場では、従業員から上司等に直ちに報告させ、可能な限り一人で対応させないことが重要です。必要に応じて上司等が対応を代わり、十分に説明しても執拗な要求が続く場合には退店を求めたり、電話を切ったりします。暴行や脅迫など犯罪に当たり得る言動があれば、警察への通報も必要です。
その上で、被害を受けた従業員の心身の状況に配慮しながら、本人や周囲の従業員から事情を聴き(加えて、必要かつ可能な場合には行為者からも事実関係を聴取することも考えられます。)、録音・録画などの客観的な資料も確認して、事実関係を迅速かつ正確に確認します。カスハラの事実が確認された場合には、担当者の変更、複数人での対応、行為者との接触を避ける措置、メンタルヘルス面での支援など、被害を受けた従業員を保護するための措置を講じます。
さらに、事案の内容や対応の経過を記録して関係部署で共有するとともに、対応方針の再周知や、必要に応じて商品・サービス、接客方法などの問題を改善し、再発防止につなげることが求められます。
田中社長:もしカスハラ対策を講じないまま施行日を迎えたら、罰則があるのでしょうか。
賛多弁護士:カスハラ対策を講じなかったこと自体に直接の刑事罰はありません。しかし、措置義務違反に対しては厚生労働大臣による助言・指導・勧告があり、勧告に従わない場合にはその旨が公表される可能性があります。また、厚生労働大臣から求められた報告をせず、又は虚偽の報告をした場合には、20万円以下の過料に処される可能性があります。
加えて注意が必要なのが、民事上のリスクです。会社がカスハラを放置した結果、従業員が精神疾患を発症したような場合、安全配慮義務違反として損害賠償責任を問われるおそれがあります。
また、人手不足のこの時代、「従業員を守らない会社」と見られること自体が、人材の採用や定着の面で大きな経営リスクとなります。
田中社長:2026年10月1日の施行まであまり時間がありませんが、必要な体制の整備を進めます。ありがとうございました。
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2026年10月1日の改正労働施策総合推進法の施行により、カスハラ対策は「任意の取組み」から「全ての事業主の法的義務」へと変わります。義務違反への企業名公表のリスクに加え、対策を怠れば安全配慮義務違反として損害賠償責任を問われるおそれもあります。
正当なクレームとカスハラを区別した上で、①事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発、②相談体制の整備、③事後の迅速かつ適切な対応、④対応の実効性を確保するために必要なカスハラの抑止のための措置、⑤そのほか①から④までの措置と併せて講ずべき措置(プライバシーを保護するために必要な措置、相談等を理由として不利益な取扱いをされない旨を定めて周知・啓発すること)、を施行日までに整えておくことが求められます。
カスハラから従業員を守る毅然とした会社の姿勢は、人材の確保・定着という面でも、企業の強みとなるはずです。
注1)厚生労働省「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」
https://www.mhlw.go.jp/content/001662625.pdf
執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 橋本充人

















