◆貿易戦争、一気に激化
風雲急変。大型連休明けに、世界経済に激震が走った。楽観されていた米中貿易交渉が一転して暗礁に乗り上げ、関税をめぐる貿易戦争が激化したためだ。
5月10日、トランプ政権は約2000億ドル規模の中国製品を対象に、10%から25%への追加関税引き上げに踏み切った。これに対し、習近平政権も13日夜に、総額600億ドル分の米輸入品に対する最大25%の追加関税を6月1日より実施すると発表。その後、米通商代表部はさらに3000億ドル相当の中国製品を対象とした最大25%の追加関税の詳細を発表。中国側もさらなる報復措置を取ると表明した。
世界1位と2位の経済大国の間で、対象総額5000億ドル超という史上最大の関税合戦が泥沼化している。長期化すれば、世界経済に与える悪影響は計り知れない。
◆米中それぞれの思惑
交渉物別れの背景には、取引利益の最大化を追求する米国、譲歩の最小化を求める中国それぞれの思惑があるが、政権維持が至上命令だという点では共通している。貿易交渉を勝ち取ってその実績をアピールし、来年の大統領選挙の勝利を狙うトランプ大統領に対し、習近平国家主席は最小限の対米譲歩をもって安定的な経済成長を持続させ、政権基盤の強化を目論んでいる。
だが、交渉は双方の思惑を狂わせる展開となってしまう。きっかけは、中国がこれまで合意していたいくつかの事項を土壇場で撤回したことだ。そのうち最重要事項は、国有企業向け政府補助金の廃止、「中国製造2025」という産業政策の撤廃など構造改革の核心部分と、合意内容を履行するための大量の法改正などである。これは中国にとって、「国家の尊厳と主権を損なう不平等条約」に他ならない。米側の要求を丸のみすれば、共産党一党支配の体制を揺るがす恐れが出てくるため、習主席は「すべての責任を一身に引き受ける」と覚悟し、一部合意の撤回を決断した。
一方、中国の合意撤回の要請を認めれば、トランプ政権の思惑が外れ、大統領再選にプラス材料とならない。激怒したトランプ氏はついに対中関税制裁の連発に動いた。
◆徹底抗戦しかない習近平
米中貿易戦争の本質は覇権争奪にある。強硬対強硬の構図で睨み合う米中間で当面チキンレースが続く見通しだ。客観的に見れば米国の実力が中国より強く、巨額の貿易黒字も中国側にあるため、貿易に限って言えば中国に勝ち目はない。
しかし、関税合戦が既に貿易・経済の範疇を超え、国家体制(市場資本主義VS国家資本主義)に関わる戦いとなった以上、習近平政権には徹底抗戦しかない。昨年の憲法改正で国家主席の任期制限撤廃を手に入れた習氏は、選挙という国民の審判を受けずに難局に対応できる政治的強みがある。
他方、来年の大統領選に絶対勝ちたいトランプ氏に時間的余裕はない。強気の制裁関税連発は裏を返せば、焦りの証でもある。
勿論、米中交渉は決裂した訳ではなく、双方とも交渉継続を表明している。トランプ氏も6月下旬の大阪G20首脳会議に合わせて習主席と会談する意向を明らかにした。双方が歩み寄れば、貿易戦争が再び停戦する余地はある。但し停戦となっても、台頭する新興国VS既成の覇権国という米中関係の基本構図は変わらず、熾烈な覇権争奪が続くだろう。(了)