責任追及より失敗を次に生かせ
ソニーを世界企業に育て上げた盛田昭夫は、失敗についてひとつの定見を持っていた。
「失敗や誤算は人間にとってふせぎようがないが、会社に損失を与えるばかりではない」
次に生かせということだ。経営者であれ、技術者であれ、失敗はつきものだ。多くの組織では、失敗した人間を探し出し、詰め腹を切らせることにやっきとなる。一人の“罪人”を突き止めても組織の士気は阻喪するばかりだ。「それよりも」と盛田は考える。
「逆に、もし失敗の原因が明らかになるならば、失敗した人間はそのことを肝に銘じて忘れないだろうし、他の人びとも同じ過ちを繰り返すことはないだろう」
彼は、社員をたった一度の過ちで処分することはしなかった。社員には、「正しいと思うことはどんどんやれ。たとえ失敗しても必ずそこから学べるはずだ」と叱咤した。
「こりゃすごいや!」からすべては始まる
失敗を恐れていては、無難な前例踏襲主義に陥る。チャレンジしなくなる。新しい発想は生まれない。盛田自身、ビデオデッキの開発では、録画機能の高さに自信のあるベータ方式にこだわり、業界主流のVHS軍団相手に敗れ去った経験がある。性能に自信があっても業界の主導権を握らなければ、販売では勝てない。ベータの失敗は盛田、そしてソニーにとって大きな教訓となった。
その後のソニーのヒット作となったウォークマンの開発を巡っては秘話がある。音響機器開発部門の若いエンジニアが、遊び心で、既存のポケットタイプのカセットテレコから録音機能をはずし、ステレオ機能付きのヘッドフォンをつけて個人的に楽しんでいたのだ。その音質に、開発部門の上司が「こりゃすごいや!」と驚き、経営幹部たちも次々、同じ歓声を上げた。
音はたしかにすごい。しかし、コンパクトサイズでステレオ基板を埋め込むには、録音ヘッドを犠牲にする必要があった。ソニーの“売り”の録音機能がなければ、「売れないだろう」という声が社内の大勢だった。常識にとらわれていた。
盛田は違った。「若者たちは音楽なしで生きられない。家や車の中で聴くステレオを持ち歩ける形にすれば、録音機能は要らない」。売れる。そう確信した。
若い社員の発想の芽を摘むな
「こりゃすごいや!」と上司が気づいても、旧来の常識にとらわれていては、そのアイデアが日の目を見ることはない。
「指図を待っていないで積極的にやれ」と盛田は組織をけしかけ続ける。
「それが部下の能力と独創性を引き出す大切な方法だ」と彼は確信していた。
「若い人たちは柔軟性のある創造的な精神を持っているのだから、管理職は彼らに先入観や固定観念をたたき込むべきではない。それは彼らの独創性の芽を摘み取ることになる」
けしかけるトップはもちろん責任を背負う。「近頃の若い社員は…」などとぼやくだけのトップは、時代の孤児となるばかりである。
(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
※参考文献
『世界が舞台の永遠青年/盛田昭夫語録』ソニー・マガジンズビジネスブック編集部編 ソニー・マガジンズ
『ソニー盛田昭夫』森健二著 ダイヤモンド社
『MADE IN JAPAN わが体験的国際戦略』盛田昭夫著 朝日新聞社