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故事成語に学ぶ(47) 淵に臨んで魚を羨(うらや)むは、退いて網を結ぶに如かず

指導者たる者かくあるべし

 やってみなければ始まらない
 漢の第7代・武帝は、即位すると全国の賢人たちを集め国策の進路について諮問した。
 「私は国をさらに末代にまで伝えたい。私も懸命に努めているが、まだ足りないのではないか。古代には夏・殷・周という五帝・三王の素晴らしい治世があった。それらがなぜ滅び、秦の始皇帝が治めるまで永く戦国時代が続いたのか聞きたい」
 歴史に通じた学者の董仲舒(とうちゅうじょ)が立って答えた。「陛下が評価される秦にしても、学問を禁じ、圧政で統治しました。それが過ちです。漢が天下をとってから未だよく治らないのは、国の根本を古代にならって改革していないからです」。そして言う。
 「〈川辺に立って、あの魚が欲しいとただ願うぐらいなら、まず川辺を離れて魚を獲る網を編むべきだ〉(淵に臨んで魚を羨むは、退いて網を結ぶに如かず)と昔から申します」。あれこれ考えているよりも、まず動きなさい、と献言したのだ。国を安定させたいと思うなら、古代の良き時代にあった礼と徳に基づく政治を根本にすえるべきだという。
 武帝は董仲舒の献策に従って、五経博士を置いて、儒教による国家運営を始めた。儒教重視は、この時代の要請であったろうが、要は、「まず始めなさい」にあった。董仲舒は同じ答申の中で、こんなことも言っている。「薪をくべ続けながら、湯が冷めないと嘆いても無駄だ〈湯の冷めんことを欲すれば、薪を絶ちて火を去るに如かず〉」と。やみくもに動きはじめてもだめ。原因を突き止め、それを絶たないと湯も冷めないということだ。
 
 「やってみなはれ」
 サントリーを創業した鳥井信治郎には口ぐせがあった。「なんでもやってみなはれ、やらなわからしまへんで」。
 二代目を継いだ息子の佐治敬三は、父の晩年にビール事業への進出を計画した。当時、主力のウィスキー事業も苦戦が続いていた。ビール進出は賭けだった。病床にあった晩年の信治郎は、息子から計画を打ち明けられて言った。
 「わては、これまでウィスキーに命を賭けてきた。あんたはビールに賭けようというねんな。人生はとどのつまり賭けや。わしは何も言わん。やってみなはれ」
 当時のビール業界は大手の寡占状態にあった。その市場に割って入るには何が必要か。「味だ」と敬三は見抜いた。「これまでのビールにない味で勝負する」。思いついたが早いか、敬三はビールの本場のドイツへ飛ぶ。そこで日本のビールにないカールズバーグの味に出会い、技術協力を得て、ビール生産に入り、サントリーの窮地を救うヒット商品を生むことになる。
  
 ともなう工夫と責任
 敬三は、新規事業に取り組むたびに、父の「やってみなはれ」の言葉が響いたと回想している。「社長になって考えてみましたら、やっぱり小理屈を並べておっても物事は運ばない。ともかく実行をまず第一に考えて、それからその中でいろいろ学びながら、第二段階のアクションを考えていったらいいんじゃないかということなんですね」
 まず動け、そして学び、工夫する。猪突猛進とは違う。管理職が部下にまず、やらせてみる。「それだけではあかん」と敬三は言う。
 やったあとの結果については、「俺が骨を拾ってやると、上が責任をとってやらないとだれも動きません」。
 見極めと責任はリーダーが負う。無責任な放任ではない。
 
 (書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
 
※参考文献
『中国古典文学大系13 漢書・後漢書・三国志列伝選』本田済訳 平凡社 
『へんこつ なんこつ』佐治敬三著 日本経済新聞社
『やってみなはれ みとくんなはれ』山口瞳、開高健著 新潮文庫

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