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故事成語に学ぶ(46) 前車の覆(くつがえ)るは後車の戒めなり

指導者たる者かくあるべし

 先人の失敗を教訓とせよ
 前を行く車がひっくり返っているのに、同じ轍(わだち)を踏んだのでは、後から行く車もひっくり返ってしまう。人の失敗を見て教訓とせよと言うことわざである。先刻承知なのだが、これがなかなかに難しい。同じ轍を踏んでしまう。だからこそ戒めのことわざともなる。
 漢王朝の第5代文帝に仕えた文人で政治思想家の賈誼(かぎ)は、18歳にして古典の知識において並ぶものなしと言われるほどの俊秀で、22歳で博士に取り立てられた。文帝に呼び出されて何度か、国政について意見を具申した。しかし切れ者すぎて老臣たちに疎まれ、讒言(ざんげん)を受けて地方に左遷された。
 当時、漢帝国は、建国後いまだ二十数年で内外に問題を抱えていた。北方の異族である匈奴(きょうど)の勢力はしばしば国境を侵し、また、地方に封じた王族、貴族の諸侯は皇帝に張り合い、叛逆が相次いでいた。しかし有効策を具申するものはいない。
 文帝は、賈誼の意見を聞きたくなった。地方から呼び上げられた彼は、匈奴への備えを強化し、諸侯の領地を分割、縮小して勢力を削ぐように説いた。そして、「前車の覆るは後者の戒めなり〉と申します」として、国家安定の根幹について語り始めた。

 

 後継者育成こそ永続の条件
 賈誼が言う〈覆った前車〉とは、始皇帝が統一した秦(しん)帝国のことだった。秦崩壊後の混乱を治めて天下を再統一したのが漢である。秦と同じ過ちはするな、と進言したのだ。
 「古代の夏・殷(いん)・周の王朝は数百年の命脈を保ったのに、秦がわずか2代の十数年で滅びました。それには明確な理由があります」
 なぜか、と問う文帝に賈誼は言う。「夏・殷・周の三王朝は世継ぎの太子にちゃんとした教育係をつけたのに、秦はそれをなおざりにしたからです」
 始皇帝が、その後帝位を継ぐことになる末っ子、胡亥(こがい)にお守り役としてつけた宦官の趙高(ちょうこう)は野心家で、胡亥をいいように操る。側近たちは疑心暗鬼となって、意見は言わず、互いを中傷、告発することに終始した。始皇帝の死後、趙高は混乱を収めるため「刑罰重視」を胡亥に吹き込み、それが告発合戦による断罪、一族皆殺しを呼び込み、混乱に輪をかけた。
 「太子には、しっかりとした教育係を選び、早くから帝王のあり方を教えなければなりません。正しい教育で正しく育ちます。太子が正しく育ってこそ天下は安定するのです」
 重責に耐えうる後継者養成こそ王朝永続の条件だという。会社も含め、いかなる組織も同じだろう。
 この意見に共感した文帝は、彼を、最も可愛がった末っ子の教育係に据えた。しかし人生に希望が見えたのはそこまでで、五年後、補佐していた皇子は落馬して命を落とす。自らの不運を嘆き悲しむ賈誼は憂いのなかで翌年、33歳でこの世を去った。
 
 自らの末路を見抜けなかった賈誼 
 賈誼の物語には、いま一人の文人政治家の悲運の人生が絡む。時代を遡ること約100年、戦国時代の楚国の賢臣、屈原(くつげん)である。屈原は歴史に明るく文芸をよくし、楚王の側近として政治を補佐したが、才能ゆえに官僚たちの嫉妬を受けて身に覚えのないことで王に告げ口されて失脚する。彷徨った末に汨羅(べきら)という河辺で「馬の才能を見抜く伯楽がいなければ、駿馬も力を生かせない」と恨みの詩を口ずさみ、石を抱いて入水自殺した。
 賈誼はかつて讒言されて左遷地へ向かう道中で汨羅に立ち寄り、屈原の死を悼む名詩を詠んでいる。
 〈才能もない輩は志を得て、賢人聖者は足元をすくわれる、、、〉。自らの不遇を屈原に重ねたのだろう。いったんは、前車(屈原)の自死を戒めにして、生きながらえて左遷の屈辱に耐えた賈誼。復活の灯が見えたかに思われたが、結局、運命は彼を死に追いやる。
 司馬遷は現地で二人の生と死を取材し、『史記』の中で、時代の違う二人の人生を一つの列伝にまとめた。そして、結びにこう書いた。「それにしても死ぬほどのことではなかろう」と。
 司馬遷自身、屈辱の宮刑を受けながら生きながらえて鬼気迫る思いで『史記』を世に残した。「生きてこそ」の思いは、彼にとって、〈前車の覆る〉を見ての戒めであったに違いない。
 
 (書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
 
※参考文献
『漢書4 列伝Ⅰ』班固著 小竹武夫訳 ちくま学芸文庫 
『漢書七 伝(一)』班固撰 顔師古注 中華書局
『世界文学大系5B 史記★★』司馬遷著 小竹文夫、小竹武夫訳 筑摩書房

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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