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採用・法律

第93回 『元請からいかにして代金を回収するか』

中小企業の新たな法律リスク

 田中社長は建設業を営んでいます。今回、元請から請負った下請工事を完了させましたが、元請が代金を支払ってくれません。そこで、今後、どのように対応したらよいのか、田中社長は賛多弁護士に相談しました。

* * *

田中社長:当社は建設業を営んでいます。注文主から直接、工事を請け負うこともありますが、元請から下請工事を請け負うこともあります。今回、当社は、元請のA社から建物の基礎工事を請け負いました。工事は予定どおり完成させ、既にA社に引き渡しています。当社は、契約どおりにA社に対してその代金を請求しました。しかし、A社は、「支払はちょっと待ってほしい」と言うばかりで、一向に支払ってくれる気配がありません。今後、どのように対応したらよいのでしょうか。

賛多弁護士:まずは、A社の財産の「仮差押え」ができるかどうかを検討すべきでしょう。「仮差押え」とは、ざっくりというと、債権者が裁判所に対して申し立てを行って、債務者が財産を動かすことができないようにすることです。たとえば、債務者の不動産を仮差押えした場合、債務者はこれを売却することができなくなります。また、債務者の預金を仮差押えした場合には、債務者は預金を自由に引き出すことができなくなります。

田中社長:なぜ、債務者が財産を動かすことができないようにする必要があるのでしょうか。

賛多弁護士:債務者と交渉しても債務者が支払に応じないことも十分にありえます。その場合、債権者としては、通常、訴訟を提起します。訴訟で勝訴した場合には、通常、債権者は債務者の財産を差押えて、強制的にここから債権を回収することになります。

田中社長:なるほど、最終的には債務者の財産を差押えて、強制的に債権を回収することになるということですね。

賛多弁護士:訴訟手続の中で、債務者と和解できれば、債務者から支払を受けることができます。しかし、和解ができず、判決に至ってしまうこともあります。その場合、田中社長の仰るとおり、最終的には債務者の財産を差押えて強制的に債権回収をする必要があります。ただ、訴訟の結果が出るまでには、通常は数年を要しますので、その間に債務者が意図的に財産を処分してしまうこともあります。そうすると、勝訴判決を得て、債権者がいざ債務者の財産を差し押さえようとしても、債務者の財産がどこにあるのか分からないということが起こります。こうなると、勝訴判決は、まさに「絵に描いた餅」であり、ほとんど意味がないものになってしまいます。

田中社長:裁判で勝てば万事解決、というわけにはいかないのですね。

賛多弁護士:そのとおりです。勝った後の差押えまで念頭に置いておく必要があります。勝った後に確実に債務者の財産を差し押さえるためには、債務者がその間、自由にその財産を処分できないようにしておく必要があります。ここに「仮差押え」をしておく意味があるのです。

田中社長:なるほど、「仮差押え」というのは、後に正式に訴訟を提起して、勝訴した場合に確実に債権を回収するための手段ということですね。

賛多弁護士:そのとおりです。御社がA社に対して裁判を起こそうとしていることをA社が知った場合、A社は裁判で負けることも見越して財産を処分してしまうかもしれません。そこで、A社に対して裁判を起こすなどの行動をとる前に、御社としては、A社の財産に「仮差押え」ができるかどうかを検討する必要があるのです。A社の不動産や預金の所在は分かりますか。

田中社長:A社の本店所在地は賃貸物件ですのでA社の所有ではありません。また、他にA社が所有している不動産の所在は分かりません。他方で、A社の取引銀行は分かります。

賛多弁護士:そうすると、不動産は仮差押えの対象にするのは難しそうですね。仮に会社所有の不動産があっても、金融機関の抵当権が付いていることが通常ですので、やはり仮差押えの対象とすることは難しいのです。取引銀行については、最近は、会社のホームページで明らかにしているところも多いですね。ところで、A社が預金口座を開設している取引銀行の支店は分かりますか。預金の仮差押えをするためには、支店まで判明している必要があるのです。

田中社長:A社との契約の際、当社は、A社から手付金の振込を受けていますので、その取引履歴を確認すれば、A社の取引銀行の支店は分かりそうです。

賛多弁護士:それでは、預金は仮差押えの対象にできそうですね。

田中社長:預金さえ仮差押えの対象にできれば、問題なさそうですか。

賛多弁護士:いいえ、会社は、取引銀行に預金を預けつつも、その取引銀行から借入れをしていることがよくあります。この場合、預金を仮差押えできたとしても、その取引銀行からは、「債務者の当行に対する預金債権と当行の債務者に対する貸付債権を相殺します」との回答がなされます。つまり、その後、債権者が勝訴判決を得て、その預金に差押えをしたとしても、取引銀行は預金と貸付金を相殺してそれぞれを消滅させてしまうため、結局、差押えは空振りに終わってしまうのです。

田中社長:なるほど、預金を仮差押えするだけでは十分とはいえなそうですね。

賛多弁護士:もちろん、会社によっては預金額のほうが貸付金よりもずっと多いこともあります。この場合は仮に相殺されたとしても、差押えは有効です。ただ、そのような潤沢な資金がある会社が今回のような不払いをすることは通常はなく、多くの場合、手元資金に乏しく、かつ、借入れも多いということが実情です。

田中社長:A社も手元資金が潤沢とはいえないと思いますので、他の財産を仮差押えする必要がありそうですね。

賛多弁護士:今回、預金以外で仮差押えの対象となる財産としては、A社の注文主に対する請負代金債権が考えられます。御社は、今回、A社から依頼された基礎工事の現場を当然、ご存じですよね。

田中社長:それはもちろん知っています。

賛多弁護士:建物の建築をする場合、施行者は、工事の着手前までに、工事現場の見やすい場所に「確認表示板」を設置しなければなりません。そして、「確認表示板」には、建築主、すなわち、注文主の名前が記載されることになります。

田中社長:「確認表示板」というのは、工事現場に設置されている背景が白の看板のことですね。それであれば、当社の記録にも残っています。

賛多弁護士:預金を仮差押えする際に支店名まで判明していなければならないと先ほどお話ししましたが、これは、仮差押えの申し立てを裁判所にする際に、仮差押えの対象となる預金債権を特定しなければならないためです。A社の注文主に対する請負代金債権を仮差押えする際も、誰のどのような工事の請負代金債権なのかを特定する必要があります。特定の際には、この「確認表示板」に書かれている情報が有益です。

田中社長:「確認表示板」は、このような使い方もできるのですね。

賛多弁護士:ところで、まだその工事の現場では工事は続いていますか。A社の注文主に対する請負代金債権を仮差押えする場合、当然、注文主がA社にその代金を支払っていないことが必要です。支払ってしまえば、請負代金債権は消滅するためです。

田中社長:この前、現場を見たところ、建物の躯体ができたばかりでしたので、建物の完成にはまだ時間がかかります。

賛多弁護士:分かりました。注文主からA社に対しては、着工時、中間時、完成時というように何回かに分けて代金の支払がなされるはずです。少なくとも建物の完成時に支払われる代金は、仮差押えの対象になりそうですね。

田中社長:それでは、賛多弁護士、まずは、仮差さえの手続に取り掛かっていただけますか。

* * *

 元請が代金を支払わない場合、下請会社としては、最終的には訴訟を提起して、その代金の回収をはかることになります。しかし、代金の回収の確実性を高めるためには、元請に対して何らかのアクションを起こす前に、仮差押えの検討が必要です。業種によって、仮差押えの対象となる財産は若干、異なりますが、不動産と預金は、どの業種であっても検討対象とすべきです。また、元請が注文主に有している請負代金債権も仮差押えの対象として検討すべきです。請負代金債権を仮差押えするためには、その内容をできる限り、特定する必要がありますが、その際に有益なのが工事現場に設置された「確認表示板」です。建物の建築やその大規模な修繕、模様替の工事を行う場合には、その施行者は、工事現場の見やすい場所に建築主、設計者、施行者、現場管理者の氏名等を表示しなけれなりません(建築基準法第89条1項)。これが請負代金債権を特定する上で威力を発揮します。
 弁護士に依頼して元請に対して正式に代金の支払を求めていく場合には、まずは仮差押えを行って、その後の代金回収の確実性を高める必要があります。また、仮差押えを行うことで、訴訟提起前の交渉を事実上、優位に進める効果も期待できるでしょう。元請としては、自らの取引銀行の預金や注文主の請負代金が仮差押えされた状態は、取引銀行や注文主との関係上、速やかに解消したいと考えるのが通常であるためです。


執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 山田 重則

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