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時代の転換期を先取りする(9) 巧妙な権力奪取(源頼朝)

指導者たる者かくあるべし

鎌倉幕府はいつ始まった?はい答えなさい

源頼朝が権力を奪取し鎌倉幕府を開いたのはいつか。かつては頼朝が朝廷から征夷大将軍の官職を与えられた1192年だと日本史の授業で教えられた。西暦年号をもじって、「いい国(1192)つくろう鎌倉幕府」と覚えたご記憶がおありだろう。

ところが今では、この記憶術による年号を答えては、正解ではない。近年の歴史研究によって、鎌倉幕府が開かれたのは1185年(文治元年)11月末だというのが学界の定説で、高校の歴史教科書にもそう書かれている。

この年は、源平の権力争いで重要な年である。1月に後白河法皇から平氏追討の宣旨を受けた頼朝の軍が、弟・義経の活躍で、3月24日、壇ノ浦で平氏を打ち滅ぼした。やがて義経は頼朝と対立し追放されて、世情は落ち着かないままだった。

しかし、11月に重大なことが起きていた。

守護・地頭の設置はダイナミックな革命

鎌倉時代に書かれた歴史書『吾妻鏡(あずまかがみ)』などによれば、逃亡する義経を探索する頼朝は、朝廷を牛耳る法皇から、全国各地に総追捕史(そうついぶし=のちに守護)と地頭の設置権限を与えられている。それがなぜ、朝廷支配の古代から、武家支配の時代(中世)への転換点だと歴史学界で認識されているのか。

総追捕史とは、文字通りに読めば、義経、平氏残党など謀反人の行方を追う軍事・警察組織だ。だが、頼朝はここに武士たちによる土地支配の権限を巧みに埋め込んだ。各地の公有地と寺社・貴族の荘園からの税(年貢米)の徴収、上納請負の役割とともに、農地一反あたり米五升の兵糧米を抜き取る権限を認めさせた。そして、その郡、郷単位を取り仕切る地頭と、全国六十六の国単位を取りまとめる総追捕史(守護)の人事任命権を獲得して、頼朝の子分である御家人たちを任命することになる。

混乱の中で所有地からの年貢が滞ることを懸念する朝廷、公家、寺社の反発を請負継続でなだめつつ、土地支配を完成させることになる。のちには、土地の所有権争いの裁判権も、朝廷から奪い取ることになった。

それまで朝廷支配の権力構図の中で、徴税請負人の立場に甘んじていた武士たちが、実質領主としての地位を手に入れた。これこそ、不満をかこっていた武士階層が権力の主役に躍り出る要因になった。そして朝廷は、国家統治の象徴的権威の地位に落ちた。

この権力構図は、鎌倉幕府から室町幕府、江戸幕府へと受け継がれていく。頼朝の土地政策は、時代を古代システムから中世システムへと動かすダイナミックな革命だった。
歴史においては、経済利権と人事権を抑えたものが、実質的権力=政治の主人公となる。

朝廷との距離

その人事権について考えてみる。律令制度下において全国66か国の統治者である国司の任命権限は朝廷にあったが、次第に鎌倉幕府が任命する御家人による守護に置き換わっていく。頼朝時代に33か国だった守護在職の国は、鎌倉中期には51に増えている。朝廷・公家に対する武家の政治的勝利だ。

頼朝は、しばらく続く二重権力構図の中で着実に権力を固めていく。朝廷が任命する官位、官職に関しても頼朝は慎重な対応をとる。御家人に対する朝廷官位の拝命についてもその人事権は幕府が握り、その推薦でなければ任命させなかった(徳川幕府もそれを踏襲する)。頼朝が平氏政権打倒の最大の功労者である義経を無情に追放したのも、平家壊滅後に頼朝の許可なく後白河法皇から、伊予国守に任官され、検非違使に任ぜられたことが発端となった。

権力を奪取した頼朝は、朝廷の距離を適度に保つことを心がける。朝廷の権威は利用しつつ、権力への介入は防ぐ。国家の創業家としての天皇は権威として生かしながら政治権力を固める構図は、幕末まで6世紀半にわたって続く。いや明治維新を経て現在も続いているといえるかもしれない。

それだけ時代の転換点における頼朝による歴史の先読みは深く鋭かった。

(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

※参考文献
『日本の歴史 7 鎌倉幕府』石井進著 中公文庫

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