menu

経営者のための最新情報

実務家・専門家
”声””文字”のコラムを毎週更新!

文字の大きさ

マネジメント

交渉力を備えよ(44) 理想と現実の折り合いをつけるのがリーダーシップ

指導者たる者かくあるべし

  田中角栄というと、政権発足にあたって掲げた「日本列島改造論」ばかりがクローズアップされ、内政の人、あるいは不動産を手玉にとった“錬金術師”という負のイメージがまとわりついている。

 政権末期には金権政治批判が巻き起こった。首相を退いたあと、ロッキード社から民間航空機の導入をめぐり多額の賄賂を受け取ったとして逮捕、起訴され有罪判決を受けている。

 こうした負の側面はもちろん無視するわけにいかないが、本稿で取り上げるのは彼が外交場面で発揮した指導力についてである。

  先に触れた日米繊維交渉でも、今論じている日中国交正常化でも、また、旧ソ連との間での平和条約交渉でも、彼が見せたのは、固定観念にとらわれず広く視野をとっての利害の判断力である。しかも即断即決。

  政治のみならず調整型のリーダーが重視される日本社会の中で、田中のリーダー・シップこそ、グローバル・スタンダードである。そのゆえに「なじまぬ」として、彼は既得権層から斥けられてゆく。

 外交において最大の価値基準は国益だ。理想と現実の間でときには中央突破し、また果敢に妥協してでも国益の最大限確保が求められる。企業において、筋論を通すばかりで社益を損なっては元も子もないのと同じである

 ただ政権を長期維持するだけなら、党内、国内に反対が強い日中問題は、時間をかけて先送りすればいい。敗戦後、日本の外交に染み付いたクセ、同盟国の米国の動きを見ながら後を追えば済む。安全運転でよい。

 だが田中は決断した。「国益にかなう」と。

 1972年(昭和47年)7月7日の初閣議後、田中はきっぱりと表明する。「中華人民共和国との国交を急ぎ、激動する世界情勢のなかにあって、平和外交を強力に推進してゆく」

 首相官邸周辺、私邸のまわりには右翼の街宣車が押しかけ、「田中を殺す」と叫ぶ。文字通り、決死の覚悟だった。

 台湾の取扱い、日米安保問題と課題は多い。

 「なぁに、膝を交えれば話は通じる」。とりわけ、かつて西安事件で政敵・蒋介石の救出にあたって見事な交渉術を発揮した周恩来に対して自分と同じ現実政治家の姿を見ていた。

 東西冷戦の枠組みから大きく踏み出そうとする中国指導部の覚悟の外交舵取りについて、「おれと同じで、理想と現実の間で決断する腹をもっている」という信頼感をもっていた。

 田中の初閣議後の宣言から二日後。周恩来は人民大会堂で行われたイエメン大統領との夕食会で演説した

 「長く中国を敵視してきた佐藤政権がついに退陣した。田中内閣が日中国交正常化の実現推進を発表したことは、歓迎に値する」

 投げたボールに素早く返球があり、田中の北京訪問が日程に入ってきた。(この項、次回に続く)

 

(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

  • 参考文献

『早坂茂三の「田中角栄」回想録』早坂茂三著 小学館

『田中政権・八八六日』中野士朗著 行政問題研究所

『田中角栄の資源戦争』山岡淳一郎著 草思社文庫

『記録と考証 日中国交正常化・日中平和有効条約締結交渉』石井明ら編 岩波書店

『求同存異』鬼頭春樹著 NHK出版

 

 

交渉力を備えよ(43) 今しかないタイミングを逃すな前のページ

交渉力を備えよ(45) 首脳会談は人間と人間の勝負次のページ

関連記事

  1. 組織を動かす力(12)信長の軍団運用

  2. 国のかたち、組織のかたち(3) 日明貿易で国益をはかる(足利義満)

  3. 永続企業の知恵(12) トップマネジメントの力量

最新の経営コラム

  1. #10 一流の〈話の構成力〉-あの人は話が長いと言われない方法-

  2. 第57回 子を易(か)えてこれを教(おし)う

  3. 第221話 令和7年の税制改正

ランキング

  1. 1
  2. 2
  3. 3
  4. 4
  5. 5
  6. 6
  7. 7
  8. 8
  9. 9
  10. 10
  1. 1
  2. 2
  3. 3
  4. 4
  5. 5
  6. 6
  7. 7
  8. 8
  9. 9
  10. 10

新着情報メール

日本経営合理化協会では経営コラムや教材の最新情報をいち早くお届けするメールマガジンを発信しております。ご希望の方は下記よりご登録下さい。

emailメールマガジン登録する

新着情報

  1. キーワード

    第18回(客のためという視点で当たり前を貫く)「濱田家」
  2. 経済・株式・資産

    第47話 融資が受けられなくなる「債務の状況」について
  3. 人間学・古典

    第53講 「帝王学その3」 大将たる者は、よく位を出でて分を犯す副将を斬らば難し...
  4. マネジメント

    第36回 質問「これから起業を目指す人へアドバイスをください」
  5. マネジメント

    【楠木建の仕事哲学】「絶対悲観主義」こそ簡単で頑丈な仕事の構えである
keyboard_arrow_up