田中社長は、新聞で目に留まった「リベンジ退職」という言葉が気になり、賛多弁護士のもとを訪れました。
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田中社長:最近「リベンジ退職」に関する記事を新聞で見ましたが、当社でも起こり得るのでしょうか?そもそもリベンジ退職はどのようなものでしょうか?
賛多弁護士:リベンジ退職とは、従業員が会社に対する強い不満や怒りを背景に、あえて会社にダメージを与える形で退職することをいいます。例えば、繁忙期を狙って突然退職する、業務の引き継ぎをしない、重要なデータの無断持ち出しや削除、従業員や取引先の引き抜き、SNSや口コミサイトでの誹謗中傷といったケースが挙げられます。
田中社長:従業員がそんな形で退職してしまったら、業務が停滞・混乱することはもちろん、残された従業員の負担増加、レピュテーションリスクなど、会社の業務運営や信用に大きな影響を及ぼしそうですね。
賛多弁護士:仰るとおりです。特に中小企業では、従業員一人ひとりの影響力が相対的に大きく、影響が深刻化しやすいので注意が必要です。
田中社長:もし、従業員がリベンジ退職をしてしまった場合、何か法的に対抗措置は取れないのでしょうか?
賛多弁護士:会社が取り得る主な法的手段は、次のとおりです。
⑴ 損害賠償請求
リベンジ退職が法令や就業規則に違反している場合には、損害賠償請求を行うことが考えられます。ただし、リベンジ退職によって、会社にいくら損害が発生したのか、また発生した損害とリベンジ退職との因果関係については、会社側で立証しなければならず、請求が認められるためには高いハードルがあることに留意が必要です。
⑵ 退職金の不支給・減額
リベンジ退職が行われた場合、就業規則や退職金規程等に退職金を不支給・減額とすることができる旨の規定があれば、退職金を不支給・減額とすることができる場合があります。
もっとも、退職金は、過去の勤務に対する賃金の後払い的性格や功労報償的性格などを併せ持つとされているため、退職金の減額・不支給が有効とされるためには、それまでの功労を抹消させるような背信行為があった場合に限られます。そのため、就業規則や退職金規程に退職金の不支給・減額の定めがあったとしても、実際に不支給・減額の対象とするには慎重な検討が必要となります。
⑶ SNS・インターネット上の誹謗中傷への対応
退職者がSNS等で企業を誹謗中傷する内容の投稿をした場合、投稿が検索結果に長期間残ると、採用活動や取引関係に悪影響を及ぼすおそれがあるため、迅速な対応が必要です。
具体的には、当該サイトの運営者に対して任意の削除請求を行い、それに応じてもらえない場合には、裁判所に対して仮処分を申し立てて削除を求めることを検討します。
また、発信者が不明の場合には、発信者情報開示請求により発信者を特定して、損害賠償請求を行うことが考えられます。
田中社長:なるほど。リベンジ退職が発生した場合には、法的に取り得る手段はあるものの、実際に被害を回復するのは容易ではなさそうですね。
賛多弁護士:そのとおりです。だからこそ重要なのが、リベンジ退職に至る前段階での「予防」です。
会社としては、就業規則等の整備や職場環境の改善に力を入れるべきです。
田中社長:就業規則の整備とは、具体的にどのようなことをすればいいですか?
賛多弁護士:リベンジ退職を防ぐためには、従業員が会社に与える影響を想定し、社内ルールを明確に定めておくことが重要です。例えば、就業規則や社内規程などに、次のような事項を具体的に定めておくことが望まれます。
・退職届の提出期限及び提出先
・退職時の業務引継義務
・SNS等での誹謗中傷行為の禁止
・退職後の秘密保持、競業避止義務
・退職金の不支給・減額規定
こうした規定に違反した場合には、懲戒処分の対象となる可能性があることも明記しておくことが望まれます。
また、これらのルールは整備するだけではなく、従業員に対する定期的な研修等を通じてルールを周知し、「知らなかった」では済まされないよう、従業員にルールの内容とその重要性を十分に理解させることが重要です。
田中社長:なるほど。まずは、当社の就業規則を見直して、そうした規定が盛り込まれているか確認します。もう一つ、職場環境の改善についてはどのようなことに取り組めばいいでしょうか?
賛多弁護士:リベンジ退職の背景には、ハラスメント、不当な処遇など職場環境に問題があることが少なくありません。そのため、重要なのは、従業員が不満を抱え込まずに、声を上げられる風通しの良い職場を作ることです。具体的には、上司による定期的な1on1ミーティングの実施やハラスメント相談窓口の設置等により従業員の本音を知ることが有効です。
加えて、長時間労働の是正や公正な評価制度、キャリア形成支援等を通じて従業員満足度を高める取り組みも重要です。
こうした取り組みにより、従業員が抱える不満を早期に解消することが、リベンジ退職の予防につながります。
田中社長:日頃からの取り組みが大事ですね。普段からの信頼関係があれば、報復的な方法で会社を辞めようなんて思わないでしょうし。
賛多弁護士:そのとおりです。リベンジ退職を予防するためには、日頃から従業員の声に耳を傾け、信頼関係を構築することが重要となります。そして、このような取り組みは、従業員の満足度向上にも役立ち、ひいては企業の持続的な成長と人材定着につながることが期待できます。ピンチはチャンスです!
田中社長:リベンジ退職は、会社にとって看過することのできないリスクですが、裏を返せば職場環境の改善の契機にもなりそうですね。就業規則等を変更する際は、改めて相談させてください。
賛多弁護士:もちろんです。お気軽にいつでもご相談ください。
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リベンジ退職は、企業と従業員との関係性が損なわれた結果として起こる深刻な問題です。法的な対処も可能ではありますが、被害回復には限界があり、根本的な解決にはなりません。重要なのは、リベンジ退職の発生を未然に防ぐための職場環境づくりです。いま一度、就業規則等の整備や職場環境の見直しによって、リベンジ退職を予防し、企業の持続的な成長や人材の定着を実現していくことが望まれます。
執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 橋本充人


















