関戸社長は、神奈川県で高級家具の製造、販売を事業とするA社を経営しています。A社は、木製品製造の請負業務を事業とするB社との間で高級家具の製造・加工に関する業務請負契約を締結し、B社の従業員らがA社の工場で製造・加工の業務に従事しています。
この度、関戸社長は、A社の工事部長から、B社の従業員らが、A社とB社との請負契約は「偽装請負」であり、A社との間で直接、自分たちとの労働(雇用)契約を成立させると主張しているという話を聞きました。
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関戸社長:「偽装請負」という言葉は聞いたことがありますが、詳しい内容は良く知りません。
賛多弁護士:まず、「偽装請負」が何かについて説明します。
そもそも、請負契約では、請負人(B社)に雇用されている従業員に対する指揮命令は請負人がするのに対して、労働者派遣では、派遣労働者に対する指揮命令は派遣先が行います(下記図参照)。
そして、実態は労働者派遣であるにもかかわらず、当事者間で請負契約の形式がとられている場合を、いわゆる「偽装請負」といい、労働者派遣法違反の問題などが生じるのです。
関戸社長:「偽装請負」がどのようなものか分かりました。もう少し具体的に、どのような場合に「偽装請負」になるのか、教えてもらえますか。
賛多弁護士:厚生労働省は、請負と労働者派遣の区別について、具体的に、①業務遂行に関する指示・管理などを自ら行い、自己の雇用する労働者の労働力を自ら直接利用すること、②資金調達、法律上の責任、設備・材料等の準備などを自ら行い、請け負った業務を契約の相手から独立して処理することといった基準を示し(昭和61年労働省告示第37号・h241218-01.pdf (mhlw.go.jp))、これらの基準をすべて満たしていなければ、請負契約の形式がとられていても「労働者派遣」事業に当たるとしています。
関戸社長:分かりました。厚生労働省の「告示」の内容を踏まえて、B社との請負契約の実態をよく検討してみます。それはともかく、仮にB社との請負契約が「偽装請負」であった場合に、当社(A社)が業務請負契約の相手方にすぎないB社の従業員らを直接雇用する(労働契約が成立する)などという、当社の想定外のことが本当にあるのでしょうか。
賛多弁護士:はい。派遣先(本件ではA社)が、「偽装請負等の目的」(法文上は、労働者派遣法等の適用を「免れる目的」)で、偽装請負による労働者派遣の受入れに該当する行為を行なった場合、派遣先は、当該派遣労働者に対し、労働契約の申込みをしたものとみなされ、当該派遣労働者が承諾の意思表示をした場合には、派遣先と当該派遣労働者との間に労働契約が成立します(労働者派遣法40条の6第1項5号)。つまり、御社の意図にかかわりなく、御社がB社の従業員らに対して労働契約の申込みをしたことが擬制され、B社の従業員らが承諾すれば御社が直接雇用することになります。
関戸社長:そうなんですか! 全く知りませんでした。しかし、当社が、「偽装請負等の目的」などなかったと主張すれば、同項の適用は認められないのではないですか。
賛多弁護士:そうではありません。客観的な事情によっては、「偽装請負等の目的」という主観的な目的も認められることもあります。この点、最近、注目される裁判例があります。
大阪高等裁判所令和3年11月4日判決(東リ事件・最高裁で確定)は、「日常的かつ継続的に偽装請負等の状態を続けていたことが認められる場合には、特段の事情がない限り、労働者派遣の役務の提供を受けている法人の代表者・・・は、偽装請負等の状態にあることを認識しながら、組織的に偽装請負等の目的で当該役務の提供を受けていたものと推認するのが相当である。」と判断しました。つまり、「日常的・継続的に偽装請負の状態にあった」という客観的事実があれば、「偽装請負等の目的」(免れる目的)の存在が推認できると言っています。この判断を文字どおり読めば、比較的容易に「偽装請負等の目的」が認められるようにも思われませんか。
関戸社長:偽装請負は本当にこわいですね。先生! 今度、当社の工場長や役員たちに対して、「偽装請負と疑われないために」というセミナーをお願いしてもいいですか。
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請負(委託)契約の形式がとられていても、実質が労働者派遣であれば、労働者派遣法の適用を免れることはできません。「偽装請負」該当性の判断は微妙なことが多く、実際、上記の東リ事件でも、第一審の神戸地方裁判所は、「偽装請負」該当性を否定しましたが、控訴審の大阪高等裁判所は、「偽装請負」該当性を肯定した上で、「偽装請負等の目的」の存在も認めて、労働契約申込みみなし制度の適用を肯定しました。特に、他社との間で業務請負(委託)契約を締結して、当該他社の従業員らを自社の工場や事業所などで働いてもらっている場合は、どうしても当該従業員らに対して「指揮命令」等がされがちであり、意識せずに「偽装請負」の状況になっていることがあるので、注意が必要です。
上記の東リ事件判決に対しては、厚生労働省の通達(平成27年9月30日「労働契約申し込みみなし制度について」https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11600000-Shokugyouanteikyoku/0000092369.pdf” https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11600000-Shokugyouanteikyoku/0000092369.pdf)の趣旨に反するなどの意見もあるようですが、高等裁判所の判断である以上、配慮せざるを得ません。
経営者は、他社の従業員に対して労働契約の申込みをする意図など全くないにもかかわらず、その申込みが擬制され、当該他社の従業員を直接雇用せざるを得なくなるなどの偽装請負のリスクを十分に理解し、厚生労働省の「告示」などを参考に、この際、自社の業務内容を検討されることをお勧めします。
執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 橋本浩史