伊藤社長:以前、同業他社の社長から「株主総会の直前に取締役の1人が体調を理由に辞任してしまったから、株主総会の当日に新任の取締役を選任する旨の議案を追加してなんとか乗り切ったよ」と言われたことがあります。本来、このようなことはできないということでしょうか。
賛多弁護士:残念ながら、法律には反していますので、その取締役は法律上、有効に選任されたとまでは言えないでしょう。最悪、株主によってその株主総会決議が取り消されてしまうかもしれません。もしそのような場合に、新任の取締役を選任する旨の議案を追加するのであれば、会社は改めて議案を追加した招集通知を株主に発送すべきでした。
伊藤社長:よく分かりました。ところで、先ほどのお話からすると、当社が決算承認(計算書類の承認)を議案として招集通知に記載した場合、議長は、計算書類に関する株主からの質問については回答しなければならない、ということですよね。元社員のOB株主は、当社の内情や取引先もおおむね把握していますから、計算書類の細かな点についてあれこれ聞いてくるかもしれません。現在、計算書類は株主総会の招集通知と一緒に株主に郵送しているのですが、計算書類は株主総会の当日、会場で配布するというのではだめでしょうか。
賛多弁護士:それは問題になりますね。御社は、取締役会設置会社ですから、取締役会の承認を受けた計算書類、事業報告については、招集通知に添付しなければなりません。社長の元社員のOB株主からの細かな指摘を避けたいというお気持ちは分かりますが、当日、会場で配布するというのでは、法律に反してしまいます。そして、法律に反する株主総会の運営をしてしまえば、それは元社員のOB株主に格好の追及材料を与えてしまうことになります。
伊藤社長:なるほど、株主からの追及を避けようとするあまり、法律に反した運営をしてしまえば、それは返って株主に格好の追及材料を与えてしまうということですね。会社にとって好ましくない株主がいるときほど、法律に沿って株主総会を行うべきだということがよく分かりました。
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株主総会の運営が問題になるのは、多くの一般株主が出席する上場企業の株主総会だけではありません。非上場の会社であっても、会社にとって好ましくない株主がいれば、株主総会の場が荒れてしまうことはよくあります。上場企業の株主総会は、大手信託銀行の証券代行部や顧問弁護士がサポートに入ることが多いため、議長は運営に関する助言を受けることができます。しかし、非上場の会社では必ずしもそうではありません。そのため、会社も議長も問題株主に対する対応に苦慮することは少なくありません。
株主総会に関するルールは、会社法に細かく定められています。会社法に定められたルールに則って株主総会を運営すれば適法にこれを開催することができ、また、そのルールは問題株主に対する大きな武器となります。非上場の会社では、通常、株主総会を運営する際に会社法を意識することは少ないものと思われますが、会社にとって好ましくない株主と対峙しなければならない場合には、会社法を意識した運営を行うことが何よりも重要です。本文で言及した、「株主総会では、基本的には、会社が招集通知に記載した議案について審議すればよい」、「取締役会設置会社では、取締役会の承認を受けた計算書類、事業報告については、招集通知に添付しなければならない」というのも、会社法が定める株主総会に関するルールの1つです(会社法299条1項、同法437条)。
執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 山田 重則
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