風薫る5月。4月に入社した新入社員も、それぞれの職場に慣れてきたころではないでしょうか。研修期間を経て、5月より正式配属という会社もあり、これからの成長に期待がかかる季節でもあります。
新入社員の定着に関しては、就職後3年以内に離職する人が全体の3割以上に達するといわれます。就職後2年以内で辞める人は24.5%、その内の12%が就職後1年以内に退職しています。最近では、「配属ガチャ」や「上司ガチャ」を理由とする、スピード退職も珍しいことでは無くなってきています。
「配属ガチャ」「上司ガチャ」は、新入社員にとって入社後の配属先や上司が自分の意思とは関係なく決まる状態を指します。スマホのゲーム等でアイテムをランダムに得ることのできる「ガチャ」になぞらえたこれらの言葉は、Z世代の若者にとっては共感の持てる言葉なのでしょう。
「配属ガチャ」でハズレを引いたいう新入社員も、会社の配属計画に従わなければならないことは予め分かっていたはずですが、退職代行サービスが一般的なものとなったこともあり、自身の意に沿わない配属なら躊躇なく退職を選べるようになったということでしょうか。
企業や採用担当者の立場としては、「配属ガチャ」を理由とした新入社員の退職など、到底受け入れられないものです。無念さと共に、その社員の資質を見抜けなかったことへの後悔に苛まれている方もいるかもしれません。
もちろん、会社が配属先を個別に約束していたにも関わらずそれを守らなかった場合や、配属先でのパワハラや配属に関するコミュニケーション不足のような会社・組織への不信や不安に起因するものは、会社側の問題として直ちに対処しなくてはなりません。
しかし、社会人になったばかりで「希望と違う仕事(職種・勤務地・業務内容)では、成長できない」と自己の狭い価値観に固執し、会社に責任転嫁するような人ら、そもそも新卒での正社員採用という働き方が向かない方だったのでしょう。
このような「ガチャ」は、幅広い事業部門や部署、広範な支店・営業所などを抱える大手企業の総合職において生じやすいと考えられます。ただし、定年まで継続して勤務できる無期雇用契約の下では、様々な部署を経験させて本人の適性を見極めながら、人材育成を行うこと自体は、人事制度のあり方として決して不合理なものではありません。その前提として、社員が企業の配置計画に従うのは当然のことといえましょう。
一方、中小企業では、入社直後の職務内容や転勤先を特定して採用することが多いため、このような「ガチャ」は起こりにくいと考えられます。それでも、いくつかの不安要素が重なることで、早期退職につながることはあるようです。
その1つは、異動が極端に少ないことに起因するケースです。
大手企業のように3年前後で配置換えがあると思っていた新入社員が、入社後に人事異動がほとんど行われていないことを知り、「同じ職務の継続だけでは知識もスキルも身に付かない」「自己の成長は見込めない」と思えば、早期退職につながります。
2つ目の要因として、業務内容の物足りなさが挙げられます。
入社当初は、ごく初歩的な基本業務からスタートするのが普通ではあるのですが、相応の専門知識を持つ新入社員に単純な定型業務ばかりを与えているような事例では、「将来のキャリアアップが見込めないから、他の途(みち)を探そう」となりかねません。異動がなければなおさらです。
3つ目は、採用時に人事担当者から感じた会社のイメージと入社後のそれが大きく違ってしまった場合です。
人事担当者は、会社の顔でありまた先輩社員の代表としても会社のイメージに直結します。柔和で温厚、行動力があり意欲的…、そんな印象を抱かれる方も多いことでしょう。それが、配属後の部署では先輩社員の顔が妙に暗かったり、上司の叱責の声ばかりが響いていたりと事前のイメージと懸け離れていて、そんな社風に見切りを付けられることもあるようです
このような状況下では、中小企業でも早期退職は十分に起こり得るのです。「石のうえで3年我慢するより、自身のキャリアを第一に考えれば、直ちに辞めた方が得策だ」と考える人はじわじわ増えています。
「配属ガチャ」以外にも、「同僚ガチャ」や上司側からの「部下ガチャ」など、「○○ガチャ」という言葉が多用される傾向にありますが、自分とは合わない人と決めつけてこのようなレッテルを貼る行為は、ダイバーシティ&インクルージョン(多様性と包摂:D&I)とも相反するものであり、企業の成長・発展にとっても阻害要因でしかありません。
当然のことながら、新入社員には、社会人として意見が合わない人々とも上手に付き合うことが求められます。気の合う人とだけ付き合っていればよかった学生時代とは異なり、ビジネスを進めていく上では様々な意見や価値観をもった人々と関わらなければなりません。そうしたことの大切さもしっかり伝えていく必要があります。
人事戦略上は、社員が自身のキャリアを主体的に考えられるように、給与制度・人事評価制度の改善、キャリアパスの明確化、教育・育成支援などを通じて、常に個々の能力を最大限に引き出すための環境整備を継続していくことが大切です。こうした取り組みは、新入社員のみならず、全ての社員の定着率向上に寄与するものと考えられます。