はじめに:小規模葬儀社を襲う三重苦
1位づくり戦略コンサルタント佐藤元相です。
いま葬儀業界でデータバンクの調査によると、2024年1月から11月までの期間において:
• 倒産件数:12件(負債1,000万円以上、法的整理)
• 休廃業・解散件数:35件
• 合計退出件数:47件(前年同期の1.7倍)
• 年間最多記録:過去最多だった2007年(42件)を上回る
これは過去最多ペースで葬儀社の市場退出が進んでいます。
その理由は、資金力や事業規模で大手に劣り、競争で不利な立場に立たされているからです。
• 最新設備の導入ができない
• 広告やマーケティングの予算が限られる
• 人材採用で大手に劣る
• 新サービス開発への投資余力が乏しい
さらに、価格競争の激化が追い打ちをかけています。2000年に145万円だった1件あたりの葬儀費用は、2022年には113万円へ。20%以上も下落しました。背景にはインターネット比較サイトの普及や家族葬の増加があります。小規模葬儀社は利益を削ってサービスを上乗せするか、低価格競争に参入するしかなくなっています。
そこに加わるのが深刻な人材不足です。24時間体制、夜間出動、精神的負担──いわゆる「きつい・汚い・帰れない」というイメージは根強く、若い人材の確保は困難です。大手と比べて待遇でも劣る小規模事業者は、人材不足に一層悩まされています。
資金・価格・人材の三重苦。この荒波にどう立ち向かえばいいのか。埼玉県秩父市に本社を置く「株式会社むさしの」は、その答えを一つ示してくれます。
想いから始まる経営「むさしの」の理念
むさしのの理念は、いたってシンプルです。
「想い深く、心結ぶ」
「想い深く」とは、大切にすること。
「心結ぶ」とは、和をつくること。
つまり、資金力や規模で競うのではなく、お客様や地域の人々との心のつながりを最優先にすることを掲げているのです。
葬儀社にとって顧客とは誰でしょうか。従来は「喪主や遺族」だけが顧客と考えられてきました。
しかし、むさしのは、顧客インタビューを通じて大きな発見をしました。
「参列した時の印象で、次にお願いする葬儀社を決めている」
喪主だけではなく、会場に訪れるすべての参列者が次の顧客候補だったのです。この発見が、同社の戦略を大きく変えていきます。
不便を強みに変える~駐車場から始まった差別化
むさしのの式場には大きな課題がありました。駐車場が狭く、会場から遠いのです。参列者にとって大きな不便であり、普通なら弱点になります。しかし、同社は発想を逆転させました。
派遣警備員に頼らず、自社の社員が駐車場係を務めることにしたのです。ただ案内するだけではありません。雨の日には傘を差して一緒に歩き、車椅子の方には寄り添って会場まで付き添う。単なる「不便解消」ではなく、おもてなしの最前線に社員を立たせたのです。
結果として口コミが広がり、むしろ「駐車場が遠い」という弱点が、心のこもったサービスを実感できる強みに変わりました。
お客様中心の経営の徹底~不平不満から改善を始める
むさしのの取り組みの出発点は、常に「お客様に不便をかけていないか」という問いです。
• 控室の案内がわかりにくい
• 電報の受け取りが不親切
• 会場の動線が混雑している
社員は日々こうした不満を拾い上げ、改善しています。そして不便不満の改善を繰り返し、その先に目指すのは、お客さまからライバル企業より「好かれる・気に入られる・喜ばれる・忘れられない」という顧客体験です。
この一貫した姿勢が、他社にはない顧客満足度を生み出しているのです。
「営業しない」営業戦略
むさしのは営業活動をしません。飛び込みも、病院回りも、押し込みもありません。代わりに行っているのは、地域の暮らしを応援する活動です。
• 遺族を励ます「長寿スポット巡り」
• 幼稚園児と一緒に行う芋ほり体験
• 中高生に向けた座禅・写経や葬儀マナーの授業
• お母さんたちに人気のフラワーアレンジメント教室(完成品は介護施設や病院に寄贈)
これらは直接的な営業には見えません。しかし「応援するから応援される」という循環をつくり、葬儀の時に自然と選ばれる仕組みになっています。
コンセプトの転換~「長寿を願う葬儀会社」へ
こうした活動を通じ、むさしのは新しいコンセプトを打ち立てました。
「地域の皆様が長生きし、安心して暮らせることを応援する葬儀社」
葬儀を待つのではなく、地域の暮らしに貢献する存在として日常の中に入り込む。この発想が差別化を生み、地域シェアの半分近くを担う存在へと成長したのです。
むさしののランチェスター弱者の戦略
むさしのの戦略は、まさにランチェスター戦略の応用です。
• 弱者の接近戦
→ 喪主だけでなく参列者全員を顧客と定義し、接点を徹底的に磨き上げた。
• 差別化の徹底
→ 駐車場対応や参列者サービスを独自の強みに変えた。
• 顧客主宰の徹底
→ 不平不満を拾い、改善を繰り返し、顧客満足を積み上げた。
資金力や規模で勝てないなら、勝てる土俵を自らつくる。これこそ弱者必勝の道であり、中小企業に共通する学びです。
成果と今後の展望
むさしのは今、数字上でも地域トップクラスのシェアを誇ります。しかし本当の成果は「ありがとう」という顧客の声と、社員のやりがいに表れています。
今後はさらに、事業承継期を迎える地域企業との連携を深め、価値を共有できる仲間づくりに取り組むといいます。葬儀会社でありながら、地域に欠かせない生活インフラ企業へむさしのの挑戦は続きます。
経営者への提言
この事例から学べることは、中小企業経営者にとって極めて重要です。
1. コンセプトを明確にする
何のために事業を続けるのか。理念が明確であれば、戦略も戦術も一貫します。
2. 顧客対応で勝てる土俵をつくる
資金力や規模では勝てない。だからこそ「どこで1位になるか」を定め、集中することが重要です。
3. ランチェスター戦略を軸に据える
顧客インタビューで強みを発見し、不平不満を改善しながら差別化を徹底する。
むさしのの物語は、全国の中小企業に勇気を与えてくれます。「弱者は弱者の戦い方がある」。その第一歩は、目の前のお客様の不便を直すことから始まるのです。
おわりに
資金力や規模で勝てない小規模企業にとって、唯一の道は「顧客対応で勝つ」ことです。むさしのはその道を歩み、地域に欠かせない存在となりました。
中小企業経営者の皆さん。あなたの会社にとっての「勝てる土俵」はどこでしょうか。そして、どんな願望を実現するために事業を営んでいるのでしょうか。答えを探し続けることが、弱者必勝の戦略の第一歩となります。










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