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経済・株式・資産

第197話 激化する米中対立 増大する第三国企業のリスク

中国経済の最新動向

 最近、米国と中国の間で一時的に沈静化していた貿易戦争が再び激しさを増し、米中対立が激化している。米中の狭間に置かれる第三国は二者択一を迫られ、企業リスクが増大している。本稿は、実例を以てそのリスクを検証する。

 

●中国に制裁される韓国造船大手の米国子会社

 中国交通運輸省は10月10日、中国の港に寄港する米国企業・個人が所有・運航する船舶、米国で建造された船舶、または米国籍船に対し、14日から「特別港務料金」を課すと発表した。これは米国が14日から中国船に追加料金を課すことへの報復措置で、料金も米国とほぼ同じ水準だ。


 続いて10月14日、中国商務省は韓国造船大手ハンファオーシャンの米国子会社5社に対し、中国との取引を禁止する制裁を科すと発表した。制裁の理由は、ハンファオーシャンの米国子会社が中国の海事・物流・造船分野に対する米政府の通商法301条に基づく調査に協力し、この調査が米国の対中制裁に繋がり、「中国企業の合法的権益に深刻な損害を与えた」ためとされる。発表を受け、ハンファオーシャンの株価は一時8%も下落した。


 さらに、中国交通運輸省は通商法301条に基づく調査が中国企業に与える影響について調査を行うと発表した。米国に協力した企業や個人をあぶり出し、「適切な措置」を講じると表明し、第三国企業をけん制する狙いが明らかだ。


 日本企業は、中国の海事・物流・造船分野に対する米政府の通商法301条に基づく調査にどの程度関与していたかが現時点でわからない。仮に韓国企業のように深く関与する事案が明らかになれば、日本の造船会社も中国から制裁を受ける可能性もあると思われる。


 トランプ大統領がアメリカの造船業の復活を目標として掲げている。日本政府も日米関税交渉で造船分野において米国側に協力する用意があると表明している。造船分野における日米協力は、日本企業にとってビジネスチャンスとなりうるが、一方でトランプ政権の中国制裁に同調すれば、中国からバッシングを受けるリスクも待ち受ける。米中対立の狭間に置かれる日本企業は、難しい選択を迫られる。

 

●米中制裁合戦のリスクに晒されるオランダ半導体企業

 米国と中国は技術サプライチェーンの支配権をめぐって激しく競争し、第三国企業は圧力に晒されている。その典型的な事例はオランダの半導体企業ネクスペリアだ。


 ネクスペリアは、もともとフィリップス傘下のNXPの一部門で、2017年に中国投資家グループが買収、2019年には中国の半導体メーカー聞泰科技(ウィングテック・テクノロジー)の完全子会社となった。同社は自動車や家電業界向け半導体成熟品の主要なサプライヤーであり、半導体チップを年間1000億個以上生産している。従業員は1万2500人、年商は約20億ユーロ。ちなみに、ネクスペリアの親会社・聞泰科技は2024年12月に米国の「ブラックリスト」に掲載される中国企業の1つである。


 9月29日、米国商務省産業安全保障局(BIS)は制裁対象者と迂回取引を行うことを防ぎ、制裁の実効性を高めるために、ブラックリスト掲載企業の子会社にも輸出規制を科し、重要産業における中国系企業に対する締め付けを強めている。僅か数時間後、オランダ政府は中国資本が支配するネクスペリアを接収し、同社の意思決定権を政府の経済長官に移管すると発表した。


 オランダ政府は「重大かつ緊急の経営上の欠陥」を理由に、1952年制定の「物資確保法」を初めて発動した。この法律は戦時や非常時に必需品の供給を確保するためのもので、ネクスペリアの経営判断を政府が差し戻す権限を持つことになった。事実上、同社は1年間、政府の監督下に置かれることになる。この決定に先立ち、ネクスペリアの取締役会はオランダの企業裁判所に申し立てを行い、中国出身のCEO張学政(Zhang Xuezheng)の職務停止を決めた。


 フィナンシャル・タイムズ紙は、オランダ政府の行動はハイエンド技術分野における西側諸国と中国の摩擦を悪化させるだろうと解説した。ブルームバーグやその他のメディアも、この異例の強硬措置が中国と欧州の間の緊張をさらに悪化させるだろうと警告した。


 実際、西側のメディアが警告した通り、中国政府は早速に反撃に出た。ネクスペリアによると、中国商務省は10月初旬に正式な輸出管理命令を発出し、ネクスペリア中国法人およびその下請け企業に対し、特定の完成部品やサブアセンブリの輸出を禁止した。この措置により、中国国内工場で生産された製品の海外出荷が事実上停止された。


 先述したように、ネクスペリアは自動車や家電業界向け半導体成熟品の主要なサプライヤーであり、その製品は欧州や米国の大手自動車メーカーに供給している。中国政府によるネクスペリアの半導体チップの輸出禁止措置は、欧米自動車メーカーに車用チップのサプライ混乱をもたらしかねない。


 ロイター通信10月16日の報道によると、欧米の多くの大手自動車メーカー団体は、中国とオランダの紛争によるチップ供給の混乱が米国の自動車生産に急速に影響を与える可能性があると警告した。


 欧州自動車工業会(ACEA)は先日、複数の自動車メーカーとそのサプライヤーがネクスペリアからチップの納品を保証できなくなったという通知を受け取ったと発表した。ACEAは、その結果、自動車製造業界が深刻な混乱を受ける可能性があると警告した。


 米国では、ゼネラルモーターズ、トヨタ、フォード、フォルクスワーゲン、ヒュンダイなどほぼすべての大手自動車メーカーを代表する米国自動車イノベーション同盟(AAI)も、この問題をできるだけ早く解決するよう求めた。AAIのジョン・ボゼラ最高経営責任者(CEO)は、「自動車用チップの出荷が迅速に再開されなければ、米国や他の多くの国での自動車生産に混乱が生じ、他の産業に波及効果が生じ、非常に深刻な影響を与えるだろう」と述べた。一部の自動車メーカーもロイターに対し、米国の自動車工場は早ければ来月にも影響を受ける可能性があると語った。


 自動車業界は数年前に半導体チップ危機に見舞われたことが記憶に新しい。当時、生産は深刻な影響を受け、ディーラーは販売する新車がなかった。それ以来、多くのサプライヤーが生産を調整し、多様化してきました。ネクスペリアは欧州の工場で生産されたチップのほとんどを中国の工場に送って包装とテストを行い、顧客に出荷している。その出荷停止によって、欧米自動車メーカーは再び混乱に陥るリスクにさらされる可能性が高い。


 ネクスペリアは、世界のチップ産業の支配権をめぐる戦いに関わる多くの企業の1つに過ぎない。米中両国は、自動車から人工知能システムに至るまで、あらゆるものの重要なインプットである半導体と鉱物のサプライチェーンに対する広範な管轄権を主張している。米中対立が激化する現在、その狭間に置かれる第三国企業は高まるリスクに晒され、厳しい会社経営が迫られる。

 

●史上最も厳しいレアアース禁止令に戦々恐々する外国企業

 中国商務省は10月9日、米国の制裁措置に対抗するため、レアアース(希土類)輸出に対して新たな規制を導入し、自国が支配する重要鉱物の世界的な流通をコントロールしようとしている。


 新たな輸出規制には次の2つの特徴を持つ。1つ目は輸出規制対象の拡大だ。新たに制限対象としたレアアースは、ホルミウムとユーロピウム、イッテルビウム、ツリウム、エルビウムの5つ。4月に発表された当初の7種(サマリウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ルテチウム、イットリウム、スカンジウム)に加わる。新規制によって、磁石製造の代替はさらに難しくなる。


 2つ目は「域外規制」の導入だ。先週発表された新ルールでは、中国産の特定レアアースが微量(中国成分が0.1%超)でも含まれる製品を海外企業が輸出する場合、中国政府の事前承認が必要となる。しかも製品のみならず、レアアースの採掘、製錬・分離、金属製錬、磁気製造、希土類二次資源リサイクルに関する技術を用いて海外で生産されたものも規制対象となる。米国に倣うものの「中国版ロング・アーム管轄権」(域外規制)と言われる。


 中国は世界のレアアース採掘の70%、レアアースによる永久磁石製造の90%以上を握っている。過去の輸出規制時には欧米企業が供給不足や生産停止に追い込まれた事例もあり、代替供給能力の構築には数年がかかる。国外取引にも及ぶこの新規制により、自動車から戦闘機に至る幅広い産業に不可欠な素材を巡るサプライチェーンを統制しようとする中国の思惑がとけて見える。その深刻な影響が懸念される。


 言うまでもなく中国のレアアース輸出規制強化のターゲットは米国だ。レアアースは戦闘機や自動車、電子機器などの製造に不可欠な戦略資源であり、米国が供給網の多くを中国に依存している。中国メディアは、新たなレアアース輸出強化を米国の制裁に対する中国の「的確な反撃」と表現している。


 一方、米同盟国の企業も打撃を受けるリスクにさらされる。製造工程でレアアース化学品を使う半導体メーカーや装置メーカーが最も打撃を受けると見られる。例えば、オランダのASMLや韓国のサムスン及び台湾のTSMCなど半導体メーカーは、多かれ少なかれ中国製のレアアースを使っているので、「域外規制」の影響を受けざるを得ない。


 米同盟国の中で、日本の中国レアアース依存度が相対的に低い。2010年「尖閣諸島中国漁船衝突事件」の時、中国にレアアース輸出を差し止められたことを経験した。以降、日本はレアアースの脱中国化を推進し、供給先の多角化を求め続けてきた。その結果、2010年に90%超の中国依存度は50%台まで下がった。さらに、政府主導の研究開発(R&D)でハイブリッド・モーターの重レアアース使用量を50%も減らす技術を商用化したり、レアアースの消費量そのものを40%以上削減したりすることにも成功した。従って、中国の新たな輸出規制強化による日本企業への影響は限定的ものと見られる。


 しかし、限定的な影響とは言え、油断は許されない。米中対立が激化する中、その狭間に置かれる日本企業のリスクが無視できず、重層的な「防波堤」の構築が求められる。(了)

第196話 レアアースを「ムチ」にTikTokを「アメ」にする中国の作戦前のページ

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