商品開発には、どのようなカテゴリーであれ、それぞれに困難が伴うものです。ただ、強いて申し上げるなら、シニア層向けの商品はことさら難しいのではないかと、私は常々考えています。
そう思うようになったのは、いまから20年近く前の話がきっかけでした。2007年ごろから団塊の世代が定年退職を迎え始めました。クルマ、家電、住宅、金融系商品…。その時期、もうあらゆる業界がこの世代を狙った商品を投入します。団塊の世代が形成する新たな巨大シニア市場への期待が膨らんだわけです。
ところが当時、意外なまでに狙い通りのヒットを飛ばせた商品は少なかったのでした。それはなぜなのかと考えたら、商品開発に臨む担当者にとって、シニアというのは全くの未知の領域であるからなんですね。「シニアのリアル」をうまく理解しきれなかったと表現してもいい。おそらく、マーケティング調査からも、仮説の構築からも、シニアの正解を見いだすことは大変なのでしょう。
その後、シニア向け商品でのヒット作は少しずつ登場してはいるものの、それでも難しい分野であるのは変わりないといった印象です。

で、今回の事例です。「つやのふく」という服です。
東京・港区のベンチャー企業、FUKUFUKU-YAが開発した商品で、販売価格は1万7000円。カラーバリエーションは6色で、同社のウェブサイトから購入できます。また、この商品の魅力に気づいたセレクトショップが取扱を始めているとも聞きます。
どういう話なのか、順を追って説明しましょう。
FUKUFUKU-YAを立ち上げた代表は女性なのですが、アパレル業界の経験は全くなくて、長年、別の仕事に携わってきた人でした。あるとき、当時88歳だった母親の服を選ぶために百貨店や量販店を巡りに巡ったそうなのですが、これはという服に出合えずじまいだったと言います。
彼女によると、シニア女性向けと思われるどの服も、デザインは凡庸で、花柄などを凝らしてはいるものの母親が喜ぶとは思えなかった。そのうえ、母親が1人で着たり脱いだりするのに難儀しそうな仕様のものばかりだったらしい。どう見ても、家族の手を借りないと厳しそうでした。
でも、母親はおしゃれを決して諦めてはいない。もし、いま売られている服を渡したとしても母親は満足してはくれないに違いない。さらに、です。自分自身だっていつかは高齢者となるわけで、その局面でこうした服しかないのは辛い気持ちになる。
だったらどうするか。もう自分の手でシニア女性がおしゃれを諦めなくて済む、輝きをもたらせる、そんな一着をつくってしまうしかないと彼女は一念発起して、その服を完成させるためにFUKUFUKU-YAを起業したのだと聞きました。

ターゲットは自身の母親という、とても明快なものでした。ただしその一方で彼女は、自分の都合や考えを優先した商品開発ではいけないと考え、母親以外のシニア層にもヒアリングを重ねたそうです。
試作品をつくるたびに数十人のシニア女性にヒアリングをかけ、1年半をかけて商品は完成します。見た目はごくシンプルなものにしました。ただし、シルエットは単にゆったりさせるのではなく、シニアの体型に寄り添うよう裾に向かって広がるデザイン。また、ボタンは大きく、腕を通すホール部分は袖まわり60cmを確保。シニアが家族の手を借りずに着やすいようにしています。
商品は前述のように「つやのふく」と名づけたのですが、「つや」とは彼女の母親の名からとったそうです。私はここに商品開発の大事なヒントがあったようにも感じられました。
この「つやのふく」、いわゆるN1マーケティングからのスタートなわけです。N1マーケティングとは、数多くのターゲットに広く調査をかけるのではなく、たった1人の実在する人物を深掘りして、その1人のインサイト(なかなか表に現れにくい、消費者の深層に潜んでいる真の欲求)を探り当てるマーケティング手法です。
N1マーケティングは、ニーズの把握に偏りが生じがちな傾向があるとはいえ、実在する1人を徹底して分析することにより、リアルな欲求を見いだしやすいという大きなメリットがあります。私個人の印象としては、例えば仮想のターゲット像(ペルソナといいます)を構築して商品開発を進めるよりも、N1マーケティングを遂行するほうが、明らかにリアルを「捉えられる可能性は高まるのではないかと考えています。
FUKUFUKU-YAの場合、さらにいいますと、起点はN1マーケティングですが、開発の過程で数十人のシニアへのヒアリングという形で、代表が立てた仮説の確認を怠ってもいませんね。だからこそ最終的に、特徴や狙いどころがくっきりと像を結び、より広いシニア女性層の心を掴むに至っています。
恋の一着の事例から、私はいくつものことを学べた気がしています。


























