な行動と思われがちだが、実際は短期的に対中赤字構造を是正し、中期的に中
国技術の米国超えを防ぎ、長期的にGDPの米中逆転を阻止するという氏の深
謀遠慮の結果と言えよう。たとえ双方の歩み寄りによって、短期的に貿易戦争
が回避されたとしても、中長期的には米中技術覇権の争いや経済覇権の争奪は
不可避と見ていい。今回の摩擦は米中「経済戦争」の序章に過ぎない。
米中逆転阻止はトランプ政権の至上命令だ
中国に「貿易戦争」を仕掛けるトランプ政権は長期的には、中国の急速な台頭を抑え、GDPの米中逆転を阻止して米国の覇権を維持するという思惑がとけて見える。言い換えれば、米中逆転阻止はトランプ政権の至上命令だ。
近年、中国の急速な台頭は地政学的な地盤変化をもたらし、米国の覇権を脅かしている。インフラ整備、貿易総額、鉱工業生産、外貨保有高など数多くの分野で、中国は既に米国を凌駕し、世界最大規模を誇る。中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)や「一帯一路」などは、米国主導の既存国際体制に挑戦し、勢いを増している。中国はもはや米国の「戦略的パートナー」ではなく、「長期的な戦略的競争相手」であるという認識は、いま米国内のコンセンサスとなっている。
これまでの経験則によれば、一国のGDPが米国の3分の2に近づけば、この国が米国の容赦なきバッシングを受ける。かつての米国による日本叩きは、正に典型的な事例と言える。「米国GDPの3分の2」。これは米国の覇権を脅かす存在を絶対に許さないアメリカの許容の臨界点と言われる。今、中国は、この米国の臨界点を超えようとしている。
2017年、中国のGDPは前年比6.9%増の82兆7122億元に上る。同年末時点の為替レート1ドル=6.54元で換算すれば、12兆6334億ドルに相当する。IMFのデータによれば、同年米国のGDPは20兆4930億ドルで、中国のGDPが米国の61.6%を占める(図1を参照)。
「米国の凋落」という言葉はマスコミによく使われる。しかし、これは中国に対してのみ適用される。図2を示すように、冷戦終結後、日独英仏諸国のGDPの対米国比率は、いずれも大幅に低下し、もう米国の脅威にならない。例えば、かつて米国に危険視され強烈なバッシングを受けた日本は、そのGDPの対米国比率が1992年の58.9%から2017年の23.8%へ急落した。
出所)IMFデータにより沈才彬が作成。中国の数字は発表済の名目GDPを同年末時点の為替レートで換算。
主要国の中で、中国だけはGDP対米国比率が上昇し、1992年の7.5%から2017年の61.6%へと急速に拡大している。言い換えれば、いわゆる「米国の凋落」は、日欧に対しては論外だが、中国に対してのみ言える表現だ。
さらに、今後10年間、中国経済が年平均成長率6%、インフレ率2%を維持できれば、2028年までに名目GDPは倍増の25兆ドル超に到達する。同時期に米国が年平均成長率2%、インフレ率1%で試算すると10年後の米国GDPは25兆ドル前後にとどまる。言い換えれば、習近平政権3期目終了時点の2028年に、中国経済は米国に追いつくか上回り、世界一のスーパーパワーとなる可能性が高いのである。
言うまでもなく、米国の覇権を脅かす唯一の国はほかでもなく中国だ。米国は決して中国の持続的な台頭を容認できず、チャイナパッシングはトランプ政権の既定方針だ。米国側が仕掛けた米中「貿易戦争」は、GDPの米中逆転を阻止し、米国の経済覇権を守ろうとするトランプ政権の決意の表れと言えよう。
米中「経済戦争」の序章に過ぎない
4月10日、習近平国家主席は中国の海南島で開かれた「アジア博鰲フォーラム」で演説し、金融市場の開放拡大、自動車分野の外資参入規制緩和、自動車輸入関税の大幅引き下げ、知的財産権の保護強化など一連の市場開放拡大措置を約束した。習主席のこの約束は、ある程度で米国の要請に答えた形となっている。トランプ大統領も習主席の約束を前向きに歓迎している。米中双方の歩み寄りによって、「貿易戦争」の懸念は一歩後退したように見える。
さらに中国政府は4月17日、自動車分野における外国企業の出資制限(合弁企業への出資比率が50%以下)を2022年までに順次、撤廃すると発表した。具体的には電気自動車(EV)が年内に、商用車が2020年に、乗用車が22年に撤廃する方針だ。自動車分野の開放拡大で、中国市場の閉鎖性を問題視するトランプ政権の批判をかわす狙いがあると見られ、中国政府は米中「貿易戦争」の回避に動き出した形となっている。
しかし、GDPの米中逆転阻止はトランプ政権の既定方針と至上命令である限り、たとえ短期的に貿易戦争が回避されたとしても、中長期的に米中間の技術主導権の争いや経済覇権の争奪は不可避と見ていい。今回の貿易摩擦は米中「経済戦争」の序章に過ぎない。
今後、トランプ政権は必要と判断すれば、中国へのハイテク技術輸出の禁止、為替操作国の認定、金融制裁、実質的な台湾独立支援まで暴走する可能性もあり得る。仮にこうした極端な対中方策が実施されれば、既存の覇権国家米国と急速に台頭する新興国中国が「ツキジデスの罠」に陥る現実味も帯びてくる。米中激突によって世界経済に与えられるインパクトは図り知れない。
米国によるチャイナバッシングにどう対応するのか?米中激突という最悪なシナリオをどう回避するのか?今後、経済成長及び中国台頭の継続にどう時間を稼ぐか?習近平政権の手腕がいま問われている。 (了)