私のコラムにもよく登場する『第三春美鮨』には名物の握りがたくさんあります。そのひとつが煮蛤です。『第三春美鮨』長山一夫さんは、三重県桑名の産地を訪れたときに、桑名の蛤のおいしさに魅了され、現地で食べたおいしさを再現すべく、握っているわけです。
その長山さんにご予約をいただいて蛤料理の名店『日の出』を訪問して参りました。『日の出』はご存知のかたもいらっしゃるかと思いますが、予約が極めて困難な料亭です。その『日の出』で食べた蛤のフルコースは予想を超えとても感動的でしたので、今回は紹介しましょう。
最近、和食店はもちろん、洋食店でもよくみかけるようになった蛤ですが、蛤には三種類あることを料理人ですら意外と知っている人は少ないと思います。
まず、その蛤の話をしましょう。
千葉県漁連によればと、国内で現在流通しているハマグリのほとんどは、中国産の「シナハマグリ」です。国内産の蛤は、1965年に1万t以上あった漁獲高が、06年には三重県産や熊本県産など計約1千tまで減っております。その国内産も約8割は、波の荒い外海の砂浜に生息する「チョウセンハマグリ(汀線蛤)」という種類です。
本来、日本人が“ハマグリ”と言っている蛤はヤマトハマグリで、内湾の静かな水域を好む別の種です。とくに東京湾のようなプランクトンの多い水域で育つハマグリはチョウセンハマグリに比べて甘みが強く、身も柔らかいのが特長といいます。
そのヤマトハマグリの一大産地が桑名なのです。東京では、貝が卵を持つと危ないという先入観があってか、蛤が卵を持つと使わなくなることが多いです。長山さんは、桑名に産地見学に出かけて、卵を持った時期を最上とするこちらの『日の出』のピークの蛤料理に触れ、考えを変えて、現在のふわっとしてミルキーな卵においしさの落としどころをもとめた蛤を提供するようになりました。
桑名の蛤は旧暦の上巳のころから徐々に大きくなります。連休明け、ねっとりとし始め、七月下旬、卵がパンパンになり、食通をうならせます。この蛤の最大ピークの七月ころ、特に7月20日くらいに、こちらの『日の出』の予約は極めて困難になります。
ことに潮薄く、波が小さい汽水域に生息するため、桑名の蛤は殻が薄く、身が柔らかく、乳白したエキスには旨味がある希少品です。
しかし、その蛤も平成7年に年間1トンまで漁獲高が落ちてしまいました。その後、多大なる努力にて、25トンまで復活したわけです。現在、漁業権を持つ人の漁獲高は一人一日あたり3kgに制限されています。
今宵の食卓は、四年生の蛤で蛤鍋を、とてもでかい八年生、六年生、四年生の大中小の蛤で焼き蛤を勉強します。 桑名の蛤の貝殻には年輪があり、縞模様が年生を現します。八年生には8つの“年輪”がくっきり見えます。八年生となるとかなり巨大です。
まずは、鰹と昆布の鍋出汁で、最初の蛤をいただきます。ぷくっとした身は実に美味です。酢橘、ゆず胡椒、一味唐辛子があしらわれているが、そのまま食べても十分おいしいです。しかし、勉強ですから、順番に試してみます。しっかりしたボディある味わいは、薬味にまけることもなく、おいしいですね。
次に、二回目の蛤を入れていただきます。滲みでたエキスが蓄積して、旨味がましていおり、徐々に濃厚になります。ここで、ところてんを入れて出汁を含ませて提供されます。なんとも言えないですね。
いよいよ、桑名の名物の焼き蛤が来ます。予定通り、大中小、八年、六年、四年くらいの蛤の味比べをします。ますは、小から。滲みでたエキスがおいしいですね。酢橘がとても合います。大きな八年生の蛤は卵がぱんぱんで、ねとっとしており、岩牡蠣のようです。
天ぷらが続きます。蛤の天ぷらには桑名の海苔を巻いて揚げており、これも美味しいですね。
さあ、最後の三度目の蛤を鍋に投入します。濃厚な蛤の汁は滲みでたエキスで白濁し、もはや危険なおいしさと言えるでしょう。その鍋に豆腐と野菜が投入されます。野菜にまとわりつきとても旨いです。汁を染み込ませた豆腐も実においしいです。
〆は雑炊です。
これは予約がとれないのはわかります。
「来年は、4月~6月の蛤の変化をお勉強ください」とおかみさんが一言。ということは…これは勉強しないといけないでしょう。
日の出 (ひので)
三重県桑名市川口町19