「レストランは生産者に近づけ!」とカリフォルニア・クイジーヌの開祖アリス・ウォータース氏は言った。地産地消――本来は土産土消、はその土地で育った食材はその土地の人の体に調和して健康にプラスになる。だからこそ、その地でとれた食材を食べるのがいい。その地産の食材の由来はあくまでもその土壌の個性にある。その意味でローカル色を訴求する効果的な方法だ。
しかし、地産地消をマーケティングの効果的な手法として活用して、広義に都合よくとらえると、化石燃料を燃やしてハウス栽培で作った“作られた野菜”に広がり、基本理念とはブレることになる。
今、フランス人の料理人の多くがいきついたものがある。野草だ。
日本では野草は山菜として季節の素材と認識されがちであるが、フランスの料理人が活用するのは、その辺に生えているおいしく食べることができ、周年、“自生している草”を示す。例えば、イラクサ、オオバコ、コンフリー、タンポポ、カタバミ、ドクダミ、ミントなどだ。
野草はビタミンが豊富なのはもちろん、タンパク質も豊富だ。よく植物には必須アミノ酸がないというが、野草はそうではない。 草を食べてあれだけ大きくなる象を見ればわかる。
野菜と野草の決定的な差は野草のタンパク質の圧倒的な多さと野菜の水分量の多さだろう。
野菜は野草を安定供給や商業ベースにのせる意図もあり品種改良を繰り返すわけだが、タンパク質が激減させてしまい、その一方で水分を増やし肥大化させた面は否めない。
この栄養的な価値と、レストランの理念的で個性的な食材活用という面があり、星付きレストランのシェフに野草が受け入れられたと言えよう。
さて、その野草という効果的な食材に導いた植物学者がいる。星付きレストランの影の仕掛け人で90冊の著書を出版する“フランソワ・クープラン”だ。
彼は、人口爆発を解決する手法として、人間の健康のために野草が有用だと考え、グランシェフを啓蒙して、料理をしながら野草の活用をするための体験型のオーベルジュを1980年代後半に始めた。山の中で自分で草を積んで、料理をして、自分で食べるワークショップ型の宿泊施設付きのレストランだ。
フランソワを一躍有名にしたのが、ミシュラン三ツ星レストランを二件経営したマルク・ヴェラとのパートナーシップだ。マルク・ヴァラの二つの三ツ星レストラン――メジェーヴ(Mégève)にある『ラ・フェルム・ドゥ・モン・ペール(La Ferme de Mon Père)』とアヌシー(Annecy)近郊にある『オーベルジュ・ドゥ・レリダン(Auberge de l’Eridan)』はフランスで一番信頼を置かれるガイドブックの『ゴー・ミヨ』でも20点満点に評価されている。ちなみに、ゴー・ミヨは出版されてからしばらくの間、20点という評価をつけることはなかった。2004年、当ガイドが初めて20点をつけたことが話題になった。この偉業は他にはない。この原動力となったのが、マルク・ヴェラの創造性と理念的な野草の活用だ。
フランソワのバレームのワークショップは、フランス人向けには春と夏開催される。ここにこぞって、星を目指すクイジニエが集まる。日本人向けには二年に一度夏開催されるので、幻のワークショップと言えよう。
さて、この山でのワークショップも様々なスタイルで展開されるが、私が2014年7月に参加した標高の高いところならではの野草のワークショップを紹介しよう。
晴れてはいるがちょっと怪しい天候の中、一日山歩き。大丈夫かな…。
最初の登りがきつく、その上雷雨の気配があった。20分くらい歩くとフランソワの土地と、国の所有する森のエリアとの境目に来た。
さらに上に進むと、標高1300メーターの地点となり、高山植物でサボテンのような多肉植物が生息していた。
そこにラベンダーもある。タイムもいろいろなタイムがある。タイムは品種というより、生えているところで違う香りを放つのが特徴で、このエリアのタイムもレモンのような爽やかな香りのものや、タイムらしいきつい香りのものもある。
紫色の小さな花が岩場に咲いているが、これはレタスの原種らしい。葉が細いためにとてもレタスには見えない。ただ食べるとレタスらしい味がする。このレタスを時間をかけた品種改良して肥大化させたのが今のレタスだ。
さらにしばらく進むと、「ずぶ濡れになるのが嫌なら、引き返すことができる」と、アシスタントの今村桂子さんが参加者に問いかけた。いろいろ考えもあったが、せっかくだから続けることにした。皆、昨日の疲れもあり、ここで引き返したかったと思うが、この選択はとてもよかった。
水源から施設に引き込んだ水路のホースに沿って道を進む。断崖絶壁の渓谷沿いの狭い路地も通る。見晴らしがいいのは間違いないが、高所恐怖症の私はあまりときめかない。
さらに坂を上がると、今度は急な下り坂だ。そして、渓流の川辺に出た。その川を石伝いにわたり、反対側を再びのぼり始めた。
坂を登り詰めると、川沿いの草原に辿り着いた。フランソワはその場所でランチを考えていたが、先約がいた。フランソワ曰く、30年間で人とすれ違ったことが無かったというから、驚きだ。場所を変えてランチをすることにした。
ランチの後、休息をとり、このエリアにある野ばらや野草や、この場所にかつてあった村の悲しい話をフランソワから聞いた。
そしてUターン。帰り道はフランソワがどんどん行ってしまう。
途中で、フランソワがラベンダーの話をした。バレームのラベンダーはAOC(原産地呼称)になっていて、これだけ香りのいい品種はこれしかなく、香水の原料として使われてきたのはかつてはバレームのAOCだった。
“ラベンダー”と一般に言われているのはこのバレームのAOCとは他の品種で、50種類くらいあるが、品種改良された栽培品種であり、これらを総称して“ラボンドン”と言う。
見分け方は葉が細長いこと、花が対になっていること、そして香りである。
帰り道は体力的に大変だったが、なんとか戻れた。でも、くたくただ。そして、ロッジにつくと、激しい嵐になった。我々の運は悪くなかったようだ。
夕食には、その日、摘んだ野菜で“トラージュとコンフリーを舌平目に見立てた天ぷら”、“モンペリエのあざみのキッシュ”、“ラベンダーのゼリー”を作った。
Stage de Gastronomie sauvage a Haut-Ourgeas
フランスHautOurgeasF-04330Barreme
電話 33(0)49234252
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