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故事成語に学ぶ(42) 禍(わざわ)いを転じて福となす

指導者たる者かくあるべし

 しくじりを生かす
 前回は、ものごとの「利」と「害」は表裏一体であることを書いたが、人が忌み嫌う「わざわい」も、前向きに生かすことができるという言葉だ。この成語を口にしたことがないという人はいないだろう。〈ピンチをチャンスに変える〉。
 中国戦国時代の弁論家の蘇秦(そしん)が、この句を用いて外交工作を成功させたエピソードがある。
 東の強国・斉は、隣国の燕の王が死去した喪中を狙って攻め込み十の城を奪った。燕は小国とはいえ、斉と覇を競う西の大国・秦の王女を皇太子の嫁に迎えていた。秦としては見過ごすわけにいかない。とはいえ、強国の斉と戦さを構えると面倒だ。秦の恵文王に仕えていた蘇秦が斉の宣王を説得しに向かう。

 

 侵攻は愚策だと説く蘇秦
 蘇秦は宣王に慶賀の挨拶をした後、続けてお悔やみを述べた。「戦勝はめでたいが、いずれ斉は滅びましょうぞ」。「縁起でもない、無礼者」、と宣王は槍の柄に手をかけた。
 「まあ、聞きなされ」と蘇秦。「いかに飢えた者でも、猛毒のトリカブトを食べる者はおりますまい。一時の飢えをしのげても、それがやがて死を招くことを知っているからです。王が奪った十の城はトリカブトのようなもの。大国の秦を敵に回してしまいますぞ。王は今、死に至る禍いを食べようとしている」
 善後策を問う宣王に蘇秦は献策した。「黙って十の城を燕に返されるべきです。昔から〈禍いを転じて福となす〉というではありませんか。戦争の難儀を避けることができた秦王は、恩義を感じるでしょうし、燕にもまたあなたは恩を着せることができます」
 それこそ、斉が天下の覇者となる近道だ、と説かれて、宣王はそれに従った。とりあえずの斉と秦の激突は避けられたが、その後の歴史をみれば、覇者となるのは秦である。斉の圧迫が迫るという「禍い」を福に転じたのは秦の方であった。
 
 経営に禍いを生かした先人
 スーパーカブ号を引っさげて米国の小型二輪市場を席巻したホンダに危機が訪れた。1966年のことだ。50CCの売れ行きに気を良くしたホンダは60CC、90CCと多機種化し一気に勝負に出たのだが、ぱったりと売れ行きが止まった。このままでは経営が行き詰まる。ベトナム戦争で購買層の若者がいなくなったからだという分析もあった。景気循環の影響でいずれ良くなるという者もいた。在庫は限界を超えて積み上がっていった。急きょロサンゼルスに飛んだ副社長の藤沢武夫は、原因を探しあぐねたが、はたと気づいた。
 「馬力さえ上げれば、新たな販路を見いだせると思っていたが、顧客にしてみれば、同じスタイルで値段だけ高いものを新たに買うわけがない」。そこで藤沢はどうしたか?
 本社に戻ると、開発部門にハッパをかけた。「車体と主要部品はそのままでいいから、見た目、デザインを変えた新機種を作れ!」。市場分析と狙いは当たった。生産ラインもそのまま流用できる。危機は乗り越えられ、新機種開発の発想の転換は、その後の大きな財産になった。
 藤沢はのちに振り返っている。「禍いを福に転ずるとはこのことだが、福に転じられるかどうかは、、経営者が仕事の根本にかえって、問題を考えるかどうか、そして大胆に行動し得るかどうかにかかっていると思います」。
 経営の神様、松下幸之助の口ぐせがある。「好況もいいが、不況はもっといい」。景気がよければ、なんでもつくれば売れる。不景気の時こそ、企業としての工夫が問われる。その工夫こそが会社を鍛える、ということだろう。
 禍いが降りかかったときにこそ、リーダーの才覚が問われるのである。
 
(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
 
※参考文献
『中国古典文学大系7 戦国策・国語・論衡』常石茂、大滝一雄編訳 平凡社
『世界文学大系5B 史記★★』小竹文夫、小竹武夫訳 筑摩書房
『経営に終わりはない』藤沢武夫著 文春文庫
 
 
 
 

 

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