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交渉力を備えよ(47) 口は出さず智恵出しを促す

指導者たる者かくあるべし

  日中国交正常化交渉の二日目に対立が表面化した日華平和条約の取扱いは、まさに戦後の日中関係の根源的な問題をはらんでいた。

 日本は敗戦後の1952年(昭和27年)に蒋介石の国民政府との間で同条約を結び、「日中間の戦争状態は終結した」との見解に立つ。

 だが、当時、国民政府は国共内戦に敗れて台湾に逃亡していた。「台湾一省のみ統治する中華民国に、中国を代表する正統性はない」というのが北京政府の主張だ。

 言い換えれば、「広大な大陸部を掌握する毛沢東の中華人民共和国と日本の間で国交が正常化されて初めて戦争状態は終結する」ということになる。

 それはメンツだけの問題ではない。「蒋介石が放棄した戦後賠償の権利も中華人民共和国は留保する」と北京政府は繰返し表明してきた。

 ここでまた賠償問題を蒸し返されてはたまらないというのが、日本政府の立場だ。二日目の外相会談での条約局長の発言も、日本外務省の公式見解だった。

 そこに切り込んできた周恩来の剣幕に、二日目の協議を終えて釣魚台の宿舎に戻った日本代表団は意気消沈した。「法匪」と批判を浴びた条約局長のみならず、外相の大平正芳も夕食に箸をつけることができなかった。

 「なんだ、お通夜みたいだな」と首相の田中角栄は、マオタイ酒をぐびりとあおって座を見渡し、明るく言った。

 「心配しても仕様がないじゃないか。また明日やりゃいい。ほんとに大学を出たやつはこういうときはダメだなあ。修羅場に弱い」

 大平が顔を上げた。「じゃ、どうすりゃいいんだ」

 「大学を出たやつが考えるんだよ」

 協議の細部は任せたといった以上、任せる。田中流だ。口は出さない、が智恵を出させる。

 大将の軽口に座が和み食事がはじまった。

 「オレは越後の雪の中じゃ飯が食えんからな、それで東京へ出てきたんだ」

 「ぼくもそうだ。讃岐の水呑み百姓の小セガレじゃ食えんからなあ」。思い悩む大平の顔に生気が戻った。

 「それなら、当たって砕けても、もともとじゃないか。できなきゃできないでいい、このまま帰るさ。責任はオレが取る」

 責任は取ってやる、と言われれば兵卒は動き出す。“官僚たらし”のツボを心得ている。

 外務官僚たちの智恵出しコンピュータのスイッチが入った。 (この項、次回に続く)

 

(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

参考文献

『早坂茂三の「田中角栄」回想録』早坂茂三著 小学館
『田中政権・八八六日』中野士朗著 行政問題研究所
『田中角栄の資源戦争』山岡淳一郎著 草思社文庫
『記録と考証 日中国交正常化・日中平和有効条約締結交渉』石井明ら編 岩波書店
『求同存異』鬼頭春樹著 NHK出版

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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