【意味】
如何に生きるべきかの道を学ぶこと30年にして得たものは、常に人を恨まず悪く思わないことである。(仁眼長所)
【解説】
「宋名臣言行録」からの言葉です。
人間には、直接的な恨みとは別に優越者に対する嫉妬の感情があります。“嫉”も“妬”も訓読みで「ねたむ」です。左程ではありませんが、身近で同等レベルの優越者となりますと、嫉妬の程度も一段と高まります。その証拠に嫉妬の矛先は近隣・同僚・同業者などに向けられ、自分と境遇が違う大富豪や大スターに対しては憧れに変わってしまいます。
まず嫉妬される側から考えてみます。「貞観政要」には、贅沢生活に対する戒めの諫言が沢山載っています。これは王朝の贅沢が一国の財政を圧迫するという以上に、領民の嫉妬感情を未然に防ぎ、敵国に付け入るすきを与えないという配慮からです。
安定した長期王朝を研究しますと、皇帝や宰相(サイショウ)の有能さと共に清貧(セイヒン)の治世が行き届き、国民や隣国からの妬みや嫉みを受けないことが大きな要因になっています。中世の欧州諸国の市民革命は、贅沢三昧の王朝生活への嫉妬感情が下地になっています。最近の中国でも「官僚の汚職天国」が報道されていますが、組織の上層部が組織の下部から嫉妬を受けますと、強固に見える組織も意外にもろいものです。
次に嫉妬する側から考えてみます。長塚節(ナガツカタカシ:1879~1915)の長編小説『土』の一節に「他人が自分と同等以下に苦しんでいると思っている間は・・一種の安心感がある。しかしその一人で懐がいいのが目につけば・・ひどく切ないような妙な気持になって、そこに嫉妬の念が起こる」と述べられています。
嫉妬は嫉妬される側の行動が起因となりますから、人間学上の教えも「嫉妬されるような贅沢生活をするな!」というものが多く見受けられます。しかし反対の嫉妬する側もこの文面にあるように「・・ひどく切ない気持ちになって・・」というように、安易な嫉妬は自らの自己卑下感情を引き起こしますから注意が必要です。
では嫉妬する側としては、その嫉妬地獄をどのように克服するかとなります。これに対して荀子(ジュンシ)は「自ら知る者は人を怨まず、命(天命)を知る者は天を怨まず」と格調高く説いています。人間同士の嫉妬感情から脱却して、天地自然の尺度に任せよというのです。
私共の人間学読書会では、次のような『日常生活の四源句』により嫉妬地獄を防いでいます。掲句の「平生の怨悪無き・・」とありますが、仁眼長所力(思いやりの眼で周りを見ること)が身に付けば、心は満足感に満たされ低次元の嫉妬心は確実に減少します。
『日常生活の四源句』
「自懐天懐で、我心を広大にして
仁眼長所で、我行を円満にして
感謝満足で、我心を充足にして
報恩活力で、我行を積極にする」(巌海)