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交渉力を備えよ(48) 譲るべきは譲り、自己主張する

指導者たる者かくあるべし

 日中国交正常化交渉で最大の問題は、両国間の戦争状態がどの時点で終結したことになるのか、であった。

 敗戦後の日本が、蒋介石の国民政府(台湾)との間で1952年(昭和27年)に交わした日華平和条約で終結したとの立場の日本政府だが、中国側はそれでは納得しない。

 あくまで、中国を代表する唯一の政権である北京政府が、この度の正常化交渉を成就させた時点で「戦争状態が終結した」と宣言することにこだわった。

 それでは、1952年から、この時点(1972年)までの20年間は、戦争状態だったかの、なかったのか、どう表現すればいいのかにかかっていた。

 「大学卒が智恵を出せ」と首相田中角栄から委任された外務官僚たちは智恵を絞る。

 「大平(正芳・外相)さん、この二十年間をどう規定するかは、過去の解釈の問題に過ぎない。両国の関心事は、現在、将来の善隣友好関係にあるはずです」と、中国課長・橋本恕(ひろし)が進言した。

 法理にこだわる日本外務省の姿勢を法匪とまでなじられ交渉は暗礁に乗り上げた。「二十年間の関係を戦争状態にあった、無かったと法律論で行くから対立する」。

 「じゃ、どう表現する?」と大平。

 「ここはひとつ、『不自然な関係にあった』ということで押しましょう」

 「文学的表現か…よし、それしかないな」

 交渉三日目、事務方の協議で、この表現が机上に乗る。別室の周恩来の元に伝令が走り、異論がないことが確認された。

 外交は言葉のゲームでもある。どこまでも埋まらない対立点が生じた場合、言葉の智恵が力を発揮する。双方が、ともに有利に解釈できる玉虫色の「読み替え文書」を作成することに智恵を傾ける。中国側にしてみれば、「戦争状態が続いていた」、日本側は「戦争状態そのものは終わっていた」と解釈できる。どちらも譲ったようでいて、ともに国内向けの自己主張は貫いたことになる。

 「智恵を出せ」と指示した田中にしてみれば、与野党協議、党内協議での修羅場での得意技でもあった。

 三日目の夜、中国主席の毛沢東は日本側代表団と接見し、「もう喧嘩は終わりましたか」と田中に笑顔で話しかけた。ヤマは超えた。 (この項、次回に続く)

 (書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

参考文献

『早坂茂三の「田中角栄」回想録』早坂茂三著 小学館
『田中政権・八八六日』中野士朗著 行政問題研究所
『田中角栄の資源戦争』山岡淳一郎著 草思社文庫
『記録と考証 日中国交正常化・日中平和有効条約締結交渉』石井明ら編 岩波書店
『求同存異』鬼頭春樹著 NHK出版

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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