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人間学・古典

第14話 「江戸のシンプルライフ」

令和時代の「社長の人間力の磨き方」

 いろいろなCMで、一時期「シンプルが一番」との内容を訴えたものが多かった。確かに、昨今の世の中は何もかも複雑になりすぎ、大切なことよりもその周辺の問題で時間を取られることが多い。今回の「新型コロナウイルス」による自粛期間中に、まず不要な物を、と考えていわゆる「断捨離」をした方々も多かったようだ。

 

 現在の状況に向き合い、考えることは重要だ。また、余裕ができた時間の中の読書で、経営のトップに立つ先人の言葉や行動に想いを馳せると、意外にシンプルなことに気付く。明治の激動の中で、数え切れないほどの功績を遺し、今に続く事業にも数多く携わった渋沢栄一の座右の銘は「論語とソロバン」だ。事業である以上、利益を追求するのは当然だが、人の道に悖ることはしない。利益の一部は社会還元をし、それがやがて自分の事業に還る。実行には多くの困難が伴うものの、複雑な論理ではなく、至極明快だ。「金は天下の回り物」「金と垢は貯まるほど汚い」などの諺は、寸鉄人を刺す。

 

 後世に名を残した人々ばかりではなく、明治よりもう一つ前の時代の江戸庶民の生き方もシンプルだった。今よりも遥かに情報が少なく、科学や医学などの技術が未発達など、2020年の視点で考えればマイナスとも思える部分はあるが、これも「考えよう」なのだ。

 

 携帯電話やインターネット、飛行機や自動車などの便利な道具があることを知りながら、その恩恵を享受できないのであれば、確かにマイナスだろう。しかし、世の中全員が誰も持っていない、あるいは発想もないものに関しては評価以前の問題だ。今の我々が、タイムマシンを使えないことをハンデだと思わないのと同じだ。

 

 資料や文献で江戸庶民の生活を調べると、無名の市井の人々が、意外に「人生の達人」であったことを知らされる。250年以上にわたった江戸時代のどの期間のどこを取り上げるかにもよるが、1700年代後半から100年間の岐阜県の一部での平均寿命は、男女共に28歳という記録が残されている。もちろん、現代のように80代、90代の長寿を迎える人もいたが、あくまでも「稀」であり、70歳のお祝いが「人生七十、古来稀なり」の言葉より「古稀」と呼ばれているのが実感できる短い寿命だ。もっとも、江戸期には5歳までの子供の死亡率が70%以上と、ここで平均寿命を下げていた哀しい現実も隠されている。

 

 とは言え、今のように「健康長寿」が一般的ではなかった時代に生きた人々は、孫子の代のことなどを考える時間的な余裕もなければ、発想も裕福な一部の人々に限られていた。多くの一般庶民は「その日暮らし」で、月末の長屋の家賃が払えるかどうか、「ツケ」で買い物をすることが多い日常で、盆暮れにその勘定を払えるかどうかまでを考えるのが精いっぱいだったのだ。

 

 現代社会の中で、企業は短期、中期、長期の計画を立て、業績を見て修正を繰り返し、突発的な事態に備えながら経営を進めなくてはならない。しかし、江戸時代の庶民には「長期計画」はほとんど意味がなかった。

 

 六畳一間の長屋に親子三人で暮らしていれば、生活必需品以外の品など置く場所はない。保存が効かない分、その日に食べる物はその日に買えば良かった。不便な印象を持つかもしれないが、毎日横丁の狭い路地まで物売りが来てくれ、面倒であれば今のように出来合いの惣菜を買うこともできる。「着たきり雀」の人も多い代わりに、銭湯が発達していた。埃っぽい江戸でその日に着た物を洗って、着替えは三セットもあれば充分だ。パーティに呼ばれるわけもなし、仮に結婚披露や何かの宴席に呼ばれても、持っている着物の中で一番良い物を着て行けば、それで許してもらえる。あるいは、「損料貸し」という今のレンタルが充実していた。

 

 物を持てなかった代わりに、「裸一貫」で生きる、という現代人にはない精神的な強さと、自分の力ではどうにもならないことは望まない「諦念」をしっかり身体に刻んで生活をしていたのだ。今の我々は、あまりにも多くの物に囲まれて生きている。「断捨離」などという言葉が流行る所以だが、江戸の人々はそもそも「持てない」暮らしであり、いらないものなどなかった。

 

 着物一枚にしても、買う時は高いが、年齢を重ねると共に色を地味なものに染め直し、あるいは娘や孫が着れば50年は着られる。あちこちが擦り切れれば、最後はほぐして雑巾にも布巾にもなり、合理的で無駄がない。仮に、普段用の着物を10万円で買っても、50年着られれば1年当たり2,000円、一日に直せば5円と少しだ。こんなに経済効率の良い衣装はないだろう。

 

 我々の仕事の中で、「本当に必要な物は何か」を考えるいい参考事例になるケースは、江戸庶民の生活の中に多くのヒントが含まれている。雑に仕事を「こなす」日々の中、その日一日を懸命に生きることを重ねて歳月を送っていた江戸の市井の人々のしなやかな勁さと合理性に教えられることは多い。

 

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