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人間学・古典

第25話 「敷居が高くない歌舞伎」

令和時代の「社長の人間力の磨き方」

 今年のNHK大河ドラマで取り上げられた渋沢栄一の例を引くまでもなく、先人のリーダーたちは、事業の才能もさることながら、厚い一般教養の知識に優れていたことは言うまでもない。時代によりその中に何が入るかは変わるものの、「論語と算盤」という渋沢の座右の銘が示すように、商売一辺倒だけでは、人間的な魅力が伴わない。「道楽」でも「学問」でも、リーダーの教養が人を魅力的に見せる方法の一つであるは確かなことだ。

 一流の人間はさり気なく多くの教養を身にまとっている。単なる「知識」ではなく、それを活かし、楽しむことができて初めて「教養」となり、借り物ではなくなるのだと私は考えている。だからこそ、その言葉や振る舞いが自然で、人となりを加えた味わいを醸し出す。そうした教養は時代と共に好まれるものも変わってきた。時代の移ろいと共に多くの事柄が変容するのは当たり前のことで、それを否定する理由はない。しかし、例えばコンサートや観劇に夫婦で出かけるような習慣がなかなか根付かないのが、舞台芸術に携わるものとしてはいささか残念なのは正直なところだ。

 欧米諸国と何でも一様に比較することが良いとは思わないが、こと「芝居」に関しては、江戸の昔から「女子供の観るもの」という感覚が日本には残っており、昭和期の高度成長でその感がますます強まった。確かに、大劇場演劇の開演時間が昼の部は正午近辺、夜の部が4時前後では、忙しいトップリーダーをはじめ、普通に勤務している人たちがゆっくり観劇を楽しめるような設定ではない。

 また、ミュージカル辺りならまだしも、どうしても「歌舞伎」はとっつきにくいとのイメージを持たれる方も多いだろう。確かに、日本が世界に誇る古典芸能ではあるものの、聞きなれない台詞廻しや、三味線音楽の義太夫など、日常の我々からは掛け離れたものが多い。

 しかし、劇場は「非日常」の時間と空間を楽しみに出かける場所であり、歌舞伎も喰わず嫌いの側面がないとは言えない。実際に出かけてみれば、そう難しいものでもなければ堅苦しいものでもない。よく聴くのは「わからない」との声だが、自分で演じるつもりがなければわかる必要はない、と私は講演などで話している。音楽や美術と同様に、自分の五感で捉え、「大道具が豪華だ」「あの役者が綺麗だ」「女形とはこういうものか」と、歌舞伎が持つ多くの魅力を徐々に味わっているうちに、何となく物語の内容や人物関係などが頭の中に入ってくるようになる。研究者になろう、というのでもなければ、こうした楽しみ方で充分なのではないだろうか。

 歌舞伎が凄いところは、同時代である中世のヨーロッパの演劇に比べ、徹底的とも言えるまでに「荒唐無稽」に終始しているところだ。現代の我々が縛られている「論理性」や「整合性」など物の見事に蹴飛ばしながらも、作品の中に蠢く人間の感情をしっかり捉え、描いている。ここに、400年以上の歴史を持つ歌舞伎のすごみがある。

 今に生きる我々は、当然ながら今の論理で物事を考え、判断の基準にする。しかし、これらはほとんど、明治以降に西欧から流入した思考が基礎になっている。明治に至るまでにすでに250年以上繰り返されて演じられてきた歌舞伎の中には、近代的な整合性や論理性は必要がない。その時代にはそうした考えはなく、それらを飛び超えた感覚で人間を描いていたからだ。

 そうなると、現代の感覚からすれば相当にズレている部分もあり、納得のいかない点もある。自分が仕える大名のお家騒動を収めるために、後継ぎの若様の身替わりに我が子の命を差し出す行為は、現代人には納得も理解もできない。しかし、そこには不変に変わらない人間の「情」が描かれている。あるいは、ただの町人に見えた人が実は源義経だった、という破天荒な状況など、いくらでもある。これらは目くじらを立てる部分ではなく、江戸時代の歌舞伎の作者たちが、当時の一般教養だった古典漢籍を基礎としたものをいかに換骨奪胎し、自由に使いこなす柔軟性を持っていたか、の証でもある。

 こうした柔軟な「発想」をどう使うかにより、リーダーたる人々のビジネスや人との交流に、大いに資することは間違いがない。もう一つ、あまりよそでは書かないことを。「最近、たまに家内と『歌舞伎』に出かけますが、あれもなかなか面白いものですね」と誰かに言うと、思いがけない副次的な効果も期待できる。「あぁ、この人の趣味は酒とゴルフだけではないのだ」、あるいは「意外に愛妻家だな」と思われる。年に数回、奥さん孝行を兼ねて、歌舞伎に出かけ、帰りに食事をすることは、家庭内での評価を上げることに多大な効果がある。他の些細なことはお目こぼしに預かれるぐらいだ。ビジネスにおいても相手に与える印象は変わる。自分に対する宣伝広告費の一部と考えれば、決して高いものではないと思うが、いかがだろうか。

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