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人間学・古典

第53回 優れた和紙

令和時代の「社長の人間力の磨き方」

 「ペーパーレス」という言葉を最初に耳にしてから30年以上は経ったような気がする。その間、コンピュータ環境の進化と相まって、「ペーパーレス」が格段に進んだ部分もあれば、変わらない部分もある。ここでは、「ペーパーレスは必要か不要か」などという意味のない話題を書くつもりはない。数十年をかけ、必要な部分となくしてもよい部分の分別ができただけでもよしとするべきだ、というのが私の結論だ。更に言えば、その分別は「革新と伝統」という感覚で物事を切り分けられるかもしれない。


 今から2000年近く前に発明され、以後綿々と世界で貴重な役割を果たしてきた「紙」がいかに優れたものであり、何もかもすべてを置き換えることは不可能だ、と学習しただけでも、皮肉ではなく意味のあることだと私は考えている。


 仕事柄、江戸期の古文書を手にする機会も少なくはなく、そのたびに改めて「和紙」の素晴らしさに感心する。中国で紙の製法が発明されたのが西暦100年頃、それが日本へ伝わったのが610年、推古帝の時代と言われている。当時は主に「麻」を原料としていたものが、進化を遂げ、「楮(こうぞ)」などの樹木を蒸し、その表皮を剥いで再び煮込んだ後、川で水に晒し、更に煮る。それを叩いて充分に細かくし、粘性を持つ液体と混ぜ、漉いては乾かす。この複雑で労働としても楽ではない手順を踏んだ上で、ようやく手触りのよい和紙が出来上がる。


 和紙の素晴らしいところは、繊維が縦横に絡まり合い、固着した紙であるため、耐性があり破れにくい。その上、繊維の隙間に墨が沁み込み、100年程度ではさして劣化もしないままでいられる。最近では少なくなっているが、遥か後に発明された感熱紙に印刷されたものは、数か月もすると文字が薄くなり、判読不能に陥る場合もある。コストや生産量の違いがあり、一概に比較はできないが、「よい手間」を掛けた製品ほど優れていることの証にもなろう。


 「墨、硯、筆、紙」を「文房四宝」と大切にしたのは、単純に手間がかかって高価なだけではなく、それらの「物づくり」に掛けられた手間に対する誠意と感謝の念が込められてもいるのだろう。「筆記用具」ではあるが、そこから生み出す世界の広がりを古の人々は見ていたのではないだろうか。


 明治から昭和にかけて活躍をし、日本に耽美・幻想文学の礎を築いたとも言える作家の泉鏡花(1873~1939)。神経質な行動でも知られたが、弟子などに文字を聞かれ、畳の上に指で書いて教えた後、その上をなぞるようにして消したと言う。「物質」だけではなく「精神性」をも尊重する行動で、これこそ「文房」を「宝」と考えた人々の一つの実践とは言えないだろうか。


 日本でも、各地に江戸期の旧国名が付いた和紙が特産物として販売されている。群馬の「桐生和紙」、三重の「伊勢和紙」、福井の「越前和紙」、富山の「越中和紙」、奈良の「吉野和紙」、鳥取の「因州和紙」、島根の「石州和紙」、徳島の「阿波和紙」など、数え出せばキリがない。こうしたものの多くは、江戸時代中期以降、農業技術が進歩し、今までよりも自由な時間が増えた農家が副業として始め、地域の特産物になったケースが多い。これらは商業の中心地・大坂へ出荷され、各地へ下る場合もあれば、生産地の土産物として消費される場合もあった。多くの荷物が持てない昔の旅では、「紙」は軽くて嵩張らないよい土産物にもなったのだ。


 同じ紙でも産地により元となる樹木の個性に差があり、漉き方や製法などに若干の違いもあり、それぞれに味わいが違う。私は書道の嗜みがなく一般的な知識しか持ち合わせていない。しかし、たまにお土産などで和紙のレターセットをいただくのは嬉しいことだ。どういう相手にどんな手紙に使うか、もう一つ加えれば、みみずがのたくったような文字でも許してくれる寛容な相手は誰か、などを考えるのも楽しみの一つだ。

 

 実を言えば、「和紙の効用」は他にもある。どんな相手にでも通用するとは言えないが、自分よりも20歳以上若い相手に、和紙の便箋と封筒で手紙を書くことがある。別に嫌がらせが目的ではないが、こちらの手間を汲み取ってくれ、その分を上乗せして真剣に読んでくれるという利点がある。とは言え、そうたいした内容が書いてあるわけではないが…。


 和紙は素晴らしい点をいくつも持っているが、手間や価格、後継者など多くの問題を抱えているのも事実だ。同じ内容をパソコンで打って、メールに添付してしまえば時間は半分以下、経費は恐らく10円にも満たないだろう。和紙で郵便を出せば、少なくも一通の手紙で数百円はかかる。


 ここからは個人の見解になるので異論は多々あろうが、判で押したような内容の文書やメールがほとんどの時代にあって、相手の顔や近況を思い浮かべながら慣れぬ手つきで和紙に手紙を書くのも一興ではない
のだろうか。以前「余白のない時代」と書いたが、まさに余白を楽しむ感覚だ。そんなことは年を取って、閑になってからでよいのだ、と言うなかれ。「思い立ったが吉日」との俚諺がある。

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