●日中政府規制の相違
日中間のユニコーン企業数のギャップは、両国における規制の問題も大きく影響している。
中国は規制が厳しいとよく言われがちだが、実はそうでもないことはあまり知られていない。確かに既存産業分野の政府規制は厳しい。しかし、ネットとスマホの普及に伴い、新しい分野が次々に誕生すると、政府はすべての分野に目配せすることができず、幅広いグレーゾーンが存在するようになった。このグレーゾーンを狙って、民間企業が続々と進出しているのだ。
グレーゾーンへの新規参入に関し、政府は「先賞試、後管制」という方針を貫いている。これは李克強首相が唱えた言葉で、「まず試しにやってみよう、問題があれば後で政府が規制に乗り出す」という意味である。仮に政府が最初から規制を強めていれば、今日の微信(ウィチャット)はないだろう。そればかりか、ネット通販、SNS、配車アプリ、シェア自転車、出前アプリ、スマホ決済などの新規産業分野でも、今のような活気は見られなかったかもしれない。現在のニューエコノミー分野での民間企業の急成長は、まさに中国政府の「先賞試、後管制」の産物なのだ。
一方、日本の状況を中国語で表すと「先管制、後賞試」ではないだろうか。つまり政府は「まずは法律で規制して、後から民間の参入を許可する」という姿勢を崩しておらず、中国とはまったく逆の方針を取っている。法整備がなされていないグレーゾーンに参入する日本企業が出てくることは稀で、仮に出てきても「出た杭」としてすぐに打たれるのが日本だ。
法整備には、立案から法律成立まで数年かかるものだ。法律が成立してから民間企業が参入するのでは、スピード感がまったくでない。いい例が民泊法だろう。長い間、議論と審議を重ねた結果、ようやく成立に至ったが、まだ施行されていない。配車アプリビジネスを活性化させるのは間違いないのにもかかわらず、いくら議論を繰り返しても、白タク合法化の見通しは立たないのだ。日本における民主主義のコストは非常に高いのが現実だ。
●創業者に不可欠の若さとベンチャー意欲
ユニコーン企業の誕生には若者の旺盛なベンチャー意欲が不可欠である。
筆者は、日本をリードする中国ニューエコノミー分野9大新企業の創業者の年齢を調べた。結果は次の通り。
◎配車アプリ世界最大手の滴滴出行 鄭維――29歳
◎シェア自転車中国最大手のモバイク 胡??――32歳
◎商業用ドローン世界最大手のDJI 汪滔――26歳
◎出前アプリ中国最大手の餓了麼 張旭豪――23歳
◎民泊中国最大手の途家 羅軍――43歳
◎通信機器世界大手のファーウェイ 任正非――43歳
◎ネット通販世界大手のアリババ 馬雲――33歳
◎検索エンジン世界大手の百度 李彦宏――31歳
◎SNS中国最大手のテンセント 馬化騰――27歳
このように、9人の創業者のうち20代4人、30代前半3人、40代前半2人という若さである。さらに言うと、餓了麼の張、DJIの汪は大学時代に創業している。他の7人は脱サラ組だ。これは私見だが、創業する時期は、好奇心が旺盛で新しい分野や外部世界への探求意欲が強い20~30代が最適ではないだろうか。
残念ながら、今、創業意欲を持つ日本の若者が少なく、現状に安住しがちな「草食系」若者が増えている。
●ベンチャーキャピタルの役割
起業意欲を持った若者が少ないということのほかに、ベンチャーキャピタル(VC)の不在という問題点も日本には存在する。
「ベンチャー白書2016」によれば、2015年度の世界各国のVC投資額は、アメリカが723億米ドル、中国が489億米ドル、インドが118億米ドル、イギリスが48億米ドル、イスラエルが43億米ドル、ドイツが29億米ドル、フランスが19億米ドルという順位になっている。これに対し、日本のVC投資額はたったの7億米ドルで、アメリカの1%未満、中国の1・4%にすぎないのだ(図2を参照)。いくら若者が起業したくても、それをバックアップしてくれるVCが日本には存在しないに等しい。
出所)「ベンチャー白書2016」より沈才彬が作成。
ベンチャー企業には「九死一生」の鉄則がある。つまり起業しても生存率はせいぜい1割しかない。9割は5年以内に死んでしまうのだ。一度や二度の失敗を寛容する社会風土がなければ、ベンチャー企業の成功はなかなか望めない。ところが、日本社会には失敗をなかなか許さない社会風土が根強くある。
典型的な事例は2006年、青年創業者の代表格だったライブドア社長(当時)の堀江貴文の逮捕だったと思う。筆者は法律専門家ではないので、懲役2年6ヵ月の実刑判決に関わる合理性についてはわからないが、堀江の逮捕をきっかけに日本の若者たちの創業意欲は急速に低下し、ベンチャー企業の減少、特にユニコーンの減少につながったのは間違いないと思う。
●内向き志向の日本、外向き志向の中国
中国の大学生に「将来の夢は何ですか?」と質問したとしよう。彼らから返ってくるのは「社長になること」という答えが半分以上を占めるだろう。もしくは、「将来、社長になるために欧米留学をしたい」という答えが返ってくるかもしれない。欧米諸国に留学し、知識や技術、人脈、経験を取得し、それらをステップとして起業したいと考える若者が非常に増えているのだ。事実、中国では今、欧米留学がブームとなっている。
その一方で、日本の若者たちの内向き志向はますます強まるばかりだ。日中両国のアメリカにおける留学生数の推移からもその傾向の一端が伺える。
1999年、アメリカにおける日本人留学生の数は4万6872人に上り、ピークに達した。ところが17年後の2016年には、約6割減となる1万8780人になってしまった。
一方、同じ時期の中国人留学生の数は、5万4466人から32万8547人へと5倍以上の増加を見せている。外国留学生のうち、中国は7年連続で1位を保っており、全体の3割強を占めるまでに拡大した。日本は全体のわずか1・7%で、順位から言えば第8位である。
日本人の中国への留学数も、韓国人やアメリカ人に比べると大きな開きがある。2016年、中国への外国人留学生は合計で44万2773人だった。このうち日本は1万3595人で、韓国、アメリカ、タイ、パキスタン、インド、ロシア、インドネシア、カザフスタンに次ぐ第9位である。割合では全体の3%に過ぎない。
このように、日本の若者たちの内向き志向は年々顕著になってきており、現状に安住する傾向が強い半面、ベンチャー意欲やハングリー精神が欠落しているように映る。これはとても心配される社会現象ではないか。