10月上旬、ニューヨークの高級百貨店バーグドルフ・グッドマンを訪れ、いつものように最上階7階に行った。
もう、クリスマスだった。




例年、ホリデーの飾りが並ぶ一角に、大きな飾りやオーナメントが広がっている。それだけではない。その向かい側も、クリスマスのコーナーになっていた。
まだ10月に入ったばかり。今月末にはハロウィンがあり、11月にはサンクスギビングが控えている。その二つを前に、なぜこれほど早くクリスマスに力を入れるのか。


眺めているうちに、筆者は、この売り場には「早くから商品を売る」以上の意味があると考え始めた。
買わなくても、観に行きたくなる百貨店
バーグドルフ・グッドマン(Bergdorf Goodman)は、五番街の57丁目と58丁目の間、セントラルパークのすぐそばにある、NYを代表する高級百貨店だ。世界的なラグジュアリーブランドから新進デザイナーまでを扱い、品揃えにもサービスにも独自の美意識が通っている。
高価な商品が揃っているだけではない。「バーグドルフが何を選ぶか」に価値がある店。そう言えば、位置付けが分かりやすいだろう。
そして、この店の魅力として欠かせないのが、センスの良いディスプレイだ。とりわけホリデーシーズンのウィンドーは、毎年楽しみにする人が多い。独特の発想、大胆な演出、細部まで作り込まれた世界。ニューヨークの冬の風物詩でもある。
買うものを決めていなくても、今年はどんな景色が現れるのか、見に行きたくなる。
今回、筆者が見たのは、その有名なウィンドーではなく、店内7階の売り場だった。食器やクリスタル、室内を彩る装飾品が並ぶホームのフロアで、セントラルパークを望む「BG Restaurant」もある。服やバッグを選ぶ楽しみから、自宅で過ごす美しく贅沢な時間を楽しむ買い物へと、関心が広がる空間だ。
そのフロアで、クリスマスがすでに大きな存在感を放っていた。
値札を見て「え?」。それでも、人は足を止める
バーグドルフのクリスマス飾りは、眺めているだけで楽しい。
そして、値札を見ると、別の意味で目が留まる。
筆者が見た範囲で、いちばん手頃なオーナメントが30ドルほど。高額なものは230ドルだった。それほど大きくないものでも、「え?」と思う値段が並ぶ。気に入ったものを、気軽にいくつも買って帰るというわけにはいかない。

もちろん、その価格で購入する顧客はいる。店の商売を支える大切な存在だ。
一方で、あの豪華さと大胆なセンスを楽しむために訪れる人も、少なくないはずだ。買わなくても、じっくり眺める。気に入った飾りを見つける。自宅ならどう使うかを想像する。「今年のバーグドルフはこんな感じだった」と、誰かに話す人もいるだろう。
店もそうした来店の価値を、十分に理解しているように思える。
買う人がいる。そして、観に来て、その魅力を広める人がいる。後者もまた、店の存在感と評判を育てる、大切な来店者なのではないだろうか。
7階は、売り場であり、美術館でもある
そう考えると、あの7階は、美術館のようでもあり、ギャラリーのようでもある。
一つずつの商品を見ていたはずが、いつの間にか、色の組み合わせや全体の雰囲気に目が向く。「これが欲しい」と思うこともあれば、「こんな飾り方があるのか」と感心することもある。
自宅ではここまで豪華にしなくても、色を一つ取り入れてみたい。手持ちの飾りに、少し違うものを足してみたい。今年はいつもと違うクリスマスにしたい。
その場で買わなくても、持ち帰れるものがあるのだ。
商品だけを並べた売り場なら、買わなければ手元には何も残らない。しかし、美意識が詰まった空間に身を置きそれらに触れ、想像が広がり、頭の中に新しい景色が残る。そして、その景色を見せてくれた場所として、バーグドルフが記憶に残る。
本連載では以前、ブランドが店舗内にカフェをつくる理由を取り上げた。買い物の予定がなくても、その空間で過ごせる。店との接点は、レジを通る瞬間だけではない。バーグドルフの7階では、「鑑賞する楽しみ」が、その接点をつくっているように感じる。
選び始める時期は、飾る時期よりずっと早い
では、なぜ10月上旬から、これほど大きく展開するのか。
まず、飾る時期と、選び始める時期は違う。
クリスマスの装飾は、直前に一つ買って終わりとは限らない。今年はどんな雰囲気にするか。手持ちのものに何を足すか。どこに、どのくらいの大きさのものを置くか。売り場で実物を見ながら、自宅の景色を思い描く時間が要る。
米国では、年末の買い物を早く始める人が少なくない。全米小売業協会(NRF)の2025年調査では、ホリデーシーズンの買い物客の42%が、11月より前に下見や購入を始める予定だと答えている。約6割は12月まで買い物が続くとも答えている。ハロウィンがあり、サンクスギビングがあり、アメリカのホリデーシーズンは行事が目白押し。買い物も長丁場になるのだろう。
この調査は、バーグドルフの顧客や装飾品に限った数字ではない。それでも、「10月はまだクリスマスを考えない」という前提が、すべての顧客に当てはまらないことは分かる。
あの売り場は、すでに買いたい人に商品を提供する。同時に、まだ考え始めていなかった人にも、「今年はどうしようか」と想像するきっかけを与える。早い展開は、準備のための時間と、考えて楽しむための時間、その両方を生むのだ。
暦の順番に、力を配らない
もう一つ、筆者が考えたのは、バーグドルフとクリスマスの相性だ。
ハロウィンにも、サンクスギビングにも、それぞれの楽しさがある。ハロウィンには遊び心があり、サンクスギビングは家族や友人と囲む食卓が最大のメインイベントだ。
その中で、バーグドルフが得意とする豪華さや華やかな想像力を、存分に発揮できるのは、やはりクリスマスだろう。独特で大胆なセンスに惹かれて訪れた人が、飾りを見て「自宅に取り入れたい」と思う。店の強みと、顧客の期待が重なる季節だ。
だとすれば、ハロウィンやサンクスギビングを待たず、早くからクリスマスを大きく見せることにも、納得がいく。
展開時期や展示スペースを決めた店側の意図は、知る由もない。ただ、筆者の目には、暦の順番に同じ力を配るより、自店の魅力が最も生きる季節に力を注ぐ判断に見えた。
企業にも、得意なテーマ、顧客が期待する場面がある。その強みを、いつから、どれだけ楽しんでもらうか。季節の企画にも、店らしさが表れる。
買わなかった来店者に、何が残るか
この売り場から学べることが二つある。
一つは、顧客が選び始める時期だ。
注文が入る時期や、商品を使う時期だけを見ていると、その前にある検討の時間を見落とす。家具なら、引っ越しの前から部屋を考え始める。旅行なら、出発の何カ月も前から行き先を探す。法人向けのサービスなら、導入の前に、予算や社内の合意づくりがある。
その段階で、顧客が自社に触れる機会はあるだろうか。
もう一つは、購入しなかった人が、何を持ち帰るかだ。
感動、アイデア、商品への理解、誰かに話したくなる発見。そうしたものが残れば、その訪問にも意味がある。もちろん、売り場には費用がかかり、売上や利益を生まなくてはならない。そのうえで、その日の購入だけでは捉えきれない価値にも、目を向けたい。
家具店なら、家具を買う予定のない人にも、部屋づくりの発見がある展示をつくれる。器の店なら、食卓を楽しむアイデアを持ち帰ってもらえる。専門性のある企業なら、見学や実演を通じて、知らなかった世界に触れる機会を提供できる。
大切なのは、自社が得意とするものを使って、訪れた人の関心や想像を広げることだ。バーグドルフのような豪華さを、そのまま再現する必要はない。自社なら、何を見に来てもらえるか。何を楽しみにしてもらえるか。その答えは、価格や品数だけでは決まらない。
早くから、観に行く理由がある
ハロウィン前なのに、もうクリスマス。
最初は早すぎるように思えた7階の光景も、眺めているうちに、違って見えてきた。
購入する人にとっては、今年の自宅を彩るものを選ぶ場所。購入しない人にとっても、バーグドルフのセンスを楽しみ、クリスマスを想像する場所である。
早くから商品を売る。そして、早くから観に行く理由をつくる。その二つが重なるところに、この売り場の面白さがある。
自分の店の商品を買う人は、大切な顧客だ。同時に、自社の魅力を楽しみに訪れ、その体験を誰かに話してくれる人もいる。それも大切なお客さんなのだ。
買う予定がなくても、観に行きたくなる。それは、ビジネスにおける確かな力になる。
ちなみに、実際に筆者は、この日のクリスマス・ディスプレイの空間に身を置き、今年のクリスマスを頭に描き始めている。今年が終わっていく焦りも感じながら(苦笑)

























