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- 挑戦の決断(33) 感染症に立ち向かう(上杉鷹山)
行政機能を止めるな
この夏、新型コロナウイルスの感染者は全国で爆発的に広がり収束の気配が見えない。これにつれて菅政権の支持率は各種世論調査で就任後最低を更新し続けている。国内でパンデミック(感染爆発)が始まって一年半が経つというのに、政府の対応は常に後手にまわり有効な対策を打てないでいる。少なくとも国民の目にはそう映り支持率に反映している。
江戸時代、天然痘の大流行に敢然と立ち向かった英明な君主がいた。東北地方の米沢藩を率いた上杉鷹山(うえすぎ・ようざん)である。鷹山というと武士と農民の境を外して藩民をまとめ、窮乏した藩財政を立て直した財政経営手腕で有名だが、未曾有の感染症流行にあたっても迅速で適確な対応で抑え込んだ。「民のために何ができるか」を第一に考え行動したリーダー・鷹山の戦いに学ぶべき点は多い。
寛政7年(1795年)初夏、藩内に痘瘡(天然痘)流行の兆しが見えた。古来、天然痘は悪魔の病として恐れられ、わが国は幾度も大流行に見舞われ、その都度、人口は激減してきた。藩士の家族に感染者が増えてきた7月6日、危機感を抱いた鷹山は直ちに藩士に向け命令を出す。
〈家族に感染者がいても出勤しても差し支えない。御内証(鷹山の供回り)、表向き(役所勤め)ともに遠慮には及ばない〉
先に出していた「家族に症状のある人がいれば出仕(出勤)を見合わせよ」という指示を撤回したのである。当時、藩政の司令官であるリーダーの周辺を流行り病の患者から厳重に隔離するのが各藩の常識だった。藩士たちも出勤をためらう。事態の進展を重く見た鷹山は、行政機能の停止による痘瘡対応の立ち遅れを流行の入り口で防止した。
そして藩士たちを督励して対処を急がせる。
困窮者をピンポイントで救済する
鷹山がまず打ち出したのは、生活困窮者の洗い出しである。「非常の流行は人知の及ぶところではないが、生活が立ち行かなくなったものは、庄屋や隣組が状況を把握して申し出よ」。名乗り出た困窮者には手当金(支援金)を支給した。1か月後にも手当金を支給している。その上で、隣組で困窮者の生活の面倒を見るように指示した。
根底にあるのは、〈生産を担う農民、農村が崩壊すれば藩経営は成り立たない〉という「安民」の思想だ。そのために真っ先に、本当に困窮している者を把握し、苦しい財政の中でピンポイントの救済を実行した。
昨年の春の政府のドタバタ支援策を思い出す。困窮者を把握するどころか、国民一律に10万円を給付し、真の困窮者には必要な額(当初計画では一世帯30万円)が届かなかった。飲食業者への支援金も申請しても支給は何か月も遅れる。
また、およそ使っている者など見かけたこともない〈アベノマスク〉と揶揄される口元を覆うのがやっとの小さな布製マスクを何ヶ月も遅れて国民に2枚ずつ撒く。そんなアリバイ作りのような対策に終始したのは、対応の一貫性のなさである。鷹山の〈安民〉を基礎に据えた覚悟の対極にある。選挙をにらんでの有権者離反防止策としか見えない。そう国民は見抜いているから、人流抑制を政府が訴えても国民は従わない。悪循環なのだ。
持てる資源を出し惜しみしない
三百年も前のことだから、天然痘の有効な治療法などないし、ワクチン、予防接種があるわけもなく、医療施設があるわけでもない。しかし、鷹山がとった医療対策は的を射ている。
〈安民〉の発想から鷹山は、医学の重要性を十分認識していた。隣組、村内互助組織を生かしての相互在宅看護を支援し、また、江戸から天然痘の専門医を呼び寄せて、在地の医者たちによる治療対応をその指揮下に置いている。また医療行為への謝礼も〈不要〉と通達し、医者への手当は藩が面倒を見た。
さらに遠隔地の農村には、薬剤処方、避けるべき食事を心得書(パンフレット)として配布し、医療対処の地域格差にも気配りしている。
ここまでやっても、この時の天然痘パンデミックで、米沢藩の領内では8389人が感染し、2064人が死亡した。当時とは医療水準が格段の進歩をしているはずの現在の日本で、適切な治療を受けられず自宅で亡くなる人が続出しているのはどうしたわけか。
持てる医療資源を小出しにし続け事態を悪化させている。兵力の「小出し」と「分散投入」はあらゆる戦いにおける敗北の要因である。不足が言われる病院のベッド数についても、この一年半の間に増床の対応をサボってきたとしか思えない。
「ワクチン接種が進めば、そのうちコロナ感染も収束に向かう」と政府は考えているらしい。しかしワクチン接種がそれなりに進んでも、事態収束の兆しは見えてこない。ワクチン一点主義ではあまりに心許ない。あらゆる医療資源と知恵を出し惜しみするな。
鷹山に学べである。
(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
※参考文献
『感染症の日本史』磯田道史著 文春新書
『上杉鷹山「富国安民」の政治』小関悠一郎著 岩波新書