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- 第48回 榊原温泉(三重県) 温泉選びのコツは名前にあり!?
■キーワードは「湯元」「湯本」「元湯」
いい温泉選びのコツはいくつもあるが、温泉施設の名前でわかることもある。温泉選びで迷ったら、「湯元」「湯本」「元湯」といった名の付く宿や施設を選ぶことだ。
このような温泉は、その名のとおり、古くから自家源泉をもっているケースがほとんどである。自家源泉をもつということは、泉源が敷地内にあるので、引き湯をする距離が短く、新鮮な湯が湯船に注がれている可能性が高い。
また、温泉街でいちばんの老舗であることが多く、代々温泉を守ってきたことから、湯を大事にする意識も強いはず。つまり、温泉自慢の宿が多いのである。
もちろん、「湯元」「湯本」「元湯」といった名前を冠していても、循環ろ過されて、温泉の個性が死んでしまっている温泉もある。だが、この基準で温泉選びをするようになってから、失敗するケースが大幅に減ったのも事実だ。
三重県・津市の西部に湯煙を上げる榊原(さかきばら)温泉の「湯元 榊原舘」もそのひとつ。榊原温泉は、古くは七栗(ななくり)の湯と呼ばれ、平安時代に清少納言により著された『枕草子』にも登場する歴史の深い湯。
「湯はななくりの湯、有馬の湯、玉造の湯」とうたわれ、「三名泉」のひとつとされた。平安時代から都で評判になるほどの名湯だったというわけだ。だが、現在の榊原温泉は、里山に囲まれた静かな温泉地。にぎやかな歓楽街などはなく、数軒の温泉宿が点在している。
■敷地内で湧く「美人の湯」
「湯元 榊原舘」は、鉄筋7階建ての旅館で、榊原温泉でいちばん規模の大きい宿。大型旅館は効率や利益を優先し、温泉を循環ろ過して使い回すなど、温泉の質を後回しにする傾向があるが、「榊原舘」は宿の名に「湯元」という名を冠している。その名に恥じぬ源泉かけ流しの名湯である。
榊原温泉の中で、敷地内に自家源泉をもち、源泉かけ流しの湯が楽しめるのは、唯一「榊原舘」だけである。
日帰り入浴は、旅館とは別棟の「湯の庄」という日帰り客専用の建物で受付をすませる。訪れた日は休日だったとはいえ、次々と日帰り客が建物の中に吸い込まれていく。その人気の秘密は、男女別の大浴場「まろみの湯」の扉を開けるとすぐに理解できた。
甘い硫黄の香りがプーンと漂う浴室には、20人くらいが浸かれそうな石張りの湯船があり、透明のアルカリ性単純泉がゆるゆると湯船からあふれ出していく。ひと目で、いい湯だとわかった。
スベスベ、ツルツルとした肌触りの湯は、身体にまとわりつくかのよう。「美人の湯」と称されるのも納得だ。清少納言をはじめ、平安時代の人々も、誉れ高き「美人の湯」に憧れを抱いたのだろうか。
資格32.5度の湯がそのままかけ流し資格32.5度の湯がそのままかけ流しだが、これで満足してはいけない。大きな湯船の奥には、小ぶりの湯船があり、なぜかそこだけ人口密度が高い。実は、この湯船には32.5℃のぬるめの源泉が、加温されることなく、そのまま100%かけ流しにされているのだ。
硫黄臭の濃さ、スベスベツルツルとした肌触りともに、加温した湯船の湯をはるかに凌ぐ。「そのままの源泉と加温した源泉は、これほどまでに違うのか」と驚くほど、その差は歴然としている。加温しない湯をあえてかけ流している点に、「湯元」としての矜持が感じられる。
大浴場には露天風呂もあるのだが、そちらは人気がなく、小さな源泉浴槽に入浴客が集まってくる。榊原温泉に通う人は、この源泉そのままの湯船が目当てなのだ。
とはいえ、32.5℃というと、ほとんど水のような冷たさである。私は、源泉そのままの浴槽と隣の加温浴槽に交互に浸かるという行動を5回ほど繰り返した。温度差によって血行がよくなり、身体の芯からポカポカと温まってきた。清少納言が榊原温泉に入浴したら、この気持ちよさをどのように文章で表現するだろうか。