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第128回 法師温泉(群馬県) 明治28年築のレトロ浴場で浸かる足元湧出泉

高橋一喜の『これぞ!"本物の温泉"』

■まるで映画のセットのよう

 群馬県と新潟県の県境。三国峠へと続く山道から宿の案内看板に従って一本道に入る。うっそうと木々が茂る道をひたすら走ると、どん詰まりに法師温泉「長寿館」の建物が見えてきた。

 その瞬間、「あぁ、この宿に来てよかったな」と思わせるほど、木造の一軒宿は歴史と風格を感じさせる。旅籠を彷彿とさせる佇まいを見ていると、まるで江戸時代にタイムスリップしたかのような錯覚にとらわれる。これは映画のセットだろうか? いや、正真正銘の温泉宿である。

 筆者が温泉好きを公言するようになってから「どこの温泉がいちばんおすすめですか?」という類の質問をよくされる。温泉に関する情報発信を各メディアで行っているので、仕事やプライベートで人と会うたびに温泉の話題になる。飲み会に行っても、自己紹介のときに「温泉ネタ」を外すわけにはいかないので、当然温泉について聞かれる。

 温泉の魅力をできるだけ多くの人に知ってもらいたいので、一生懸命に答えようとするのだが、これがなかなかむずかしい。人それぞれ宿や温泉の好みがあるし、「誰と行くか」といったシチュエーションによっても適切な温泉は変わってくる。実はとても答えにくい質問なのである。

 一時期、東京近郊に住む人におすすめの温泉を聞かれた場合、筆者はとりあえず「法師温泉」の名前を出すことにしていた。温泉情緒をかきたてられる木造の建物、上質の湯、出湯としての歴史など、旅館としてのレベルが全体的に高く、誰が泊まっても一定以上の満足感を得られると考えていたからだ。

 近年はもう少し相手のニーズを丁寧に聞いてから答えるようにしているので、法師温泉の名を挙げる機会は昔より少なくなったが、法師温泉がすばらしい宿であることに変わりはない。

■底から湧き上がる生まれたての湯

 明治28年に完成した大浴場「法師乃湯」(混浴)は、日本随一の浴舎である。半円形の窓がついた鹿鳴館風の木造の建物は、国の登録有形文化財。1世紀以上の時を刻んでいるだけあって、日本人であれば誰もが「なんだか、懐かしいなあ」と思ってしまうような趣深い空間である。

 混浴で、なおかつ無色透明の湯なので、特に女性にはハードルが高いかもしれないが、宿泊すれば女性専用時間が設けられているのでご安心を。

 4つに仕切られた湯船には、透明度の高いピュアな湯が満たされている。泉質はカルシウム・ナトリウム‐硫酸塩泉という肌にやさしい湯。これらはすべて湯船の底に敷き詰められた玉石の間からぷくぷくと湧きだしているのだ。これは俗に言う「足元湧出泉」で、源泉の上に湯船をつくるという、温泉の湯船としては究極の理想形である。

 しかも、加水も加温も一切なしの100%源泉かけ流しである。ちょうど入浴に適した43℃の湯が湧き出しているので、人間の手を加えることなく、湯浴みを楽しめる。まさに奇跡の湯と言っても過言ではない。

 というのも、足元湧出泉であっても、入浴に適した泉温で湧き出しているとはかぎらない。60℃、70℃を超えるような高温の源泉であれば、何らかの形で加水しなければならず、どうしても温泉の鮮度は落ちてしまう。

■ぷくぷく温泉の楽しみ

 足元湧出泉のひそかな楽しみは、源泉が湧き出している部分に自分の体をのせること。ぷくぷくと湧き出す湯が体に当たる感触が、なんともいえず心地よい。まさに大地の贈り物である温泉に体が包まれていくような感覚になる。

 あまりの気持ちよさに口を半開きにした状態で、一人で悦に入ってると、同じ湯船に浸かっている若者の視線が気になった。「よかったらどうぞ」と言って場所を交代すると、若者も幸せそうな表情で、生まれたての湯にあたっていた。ほとんど言葉は交わさなかったが、温泉を通して心が通ったような気がした。

 

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